※本コラムは2025年1月17日に実施したIRインタビューをもとにしております。
黒田精工株式会社は精密技術に強みを持ち、その技術で世界の産業高度化を支え続けています。
代表取締役社長の黒田 浩史氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
黒田精工株式会社を一言で言うと
精密技術を通じて、世界の産業高度化をサポートする企業です。
黒田精工の沿革

創業の経緯
当社は1925年に創業し、2025年には創業100周年を迎えます。
創業者である黒田 三郎は、私の祖父にあたります。
彼はいくつかのメーカーで機械工として働き、30代前半には工作機械や切削工具大手である園池製作所の工場長クラスのポストに就いていたと聞いております。
裕福な家庭の出ではなかったため、さまざまな会社を転々としましたが、向学心に富み、働きながら早稲田工手学校の夜学で勉強する等、その知識と技術力の高さはどの職場でも高く評価されていたそうです。
祖父がいくつもの会社で経験を積む中で気づいたのは、ヨーロッパやアメリカといった先進国で大量生産が実現しているのは、寸法基準となるゲージというものを用いて部品の精度を保証するシステムが重要な役割を果たしているということでした。
ゲージを用いることで、部品の互換性が確保されるよう設計されていたのです。
一方、当時の日本にはゲージを専門に製造する会社がありませんでした。
そこで祖父は、「日本にゲージシステムを導入する会社を作ろう」と決意したそうです。
まさにスタートアップ精神のもと、自宅の片隅に作業場を設け、手作業でゲージの製造を始めました。
これが当社の出発点です。
近代工業の発展需要と終戦
創業当初は順調とは言えませんでしたが、やがて三菱航空機様に採用され、その高い技術力が評価されるようになりました。
品質の高さを認められ、取引を重ねるうちに「黒田のゲージなら検査なしで納入して構わない」とまで信頼を得ることができました。
当時は、大正末期から昭和初期にかけて、日本の近代工業が軍事分野を中心に発展していた時期でした。
造船業や航空機業界から次々と注文を受け、事業は急成長していきました。
本社工場は東京・蒲田にあり、職人の採用も活発で、「京浜工業地帯で最も高い給料を出しているのは黒田だ」と噂されるほどの盛況ぶりだったそうです。
しかし、1945年の東京大空襲により、本社工場と自宅が全焼し、甚大な被害を受けました。
そのような状況下でも、川崎工場の損害は部分的に留まり、富津工場は辛うじて被害を免れました。
また一部機械を長野等に疎開させていました。
そして終戦後は、これらの拠点を中心に事業を再建していきました。
金型の需要拡大
終戦を迎えると、軍需を中心とした生産が停止し、当社の事業も一時的に休止状態に陥りました。
しかし、精密なものづくりと測定技術を活かし、事業再建に向けた新たな戦略を進めることにしました。
そこで、まず目を付けたのが「金型」です。
自転車部品をはじめとするさまざまな製品の金型を手がけ、事業の立て直しを図りました。
中でも特に注力したのが、モーターの基幹部品である「モーターコア」を製造するための金型開発です。
戦後の高度経済成長期に入り、家庭用電化製品や民生用製品の需要が急増しました。
それに伴い、各種ゲージやモーターコア金型への需要も高まり、当社の事業は大きく成長しました。
工作機械領域へ拡大
金型の需要が拡大する中で、当社はさらに事業の幅を広げるため、自社で工作機械の製造に乗り出しました。
特に、金型の平面を正確に加工する「平面研削盤」は、当時非常に高価で、ほとんどが海外製品に依存していました。
そこで、当社は平面研削盤の自社開発を進め、1960年代には工作機械事業を本格的にスタートさせます。
また、工作機械の要素部品の需要が高まる中で、「ねじゲージ」の技術を応用し、工作機械にとって不可欠な基幹部品である「ボールねじ」を開発しました。
「ボールねじ」は、回転運動を直線運動に変換する役割を持ち、精密な動作が求められる機器には欠かせない部品です。
さらに、ツーリングシステムの製造にも着手しました。「ツーリング」とは、工作機械の刃物と主軸をつなぐ部品であり、その精度が工作機械の性能を左右します。
特に、円錐形の接触面の「テーパー」は高い精度が要求される重要な部分ですが、」
当社は「テーパーゲージ」の製造技術を有していたため、その技術を活用し、高精度の「ツーリング」の製造を実現しました。
また、1960年代後半には、油圧や空圧を利用した精密制御技術を応用し、「油空圧機」分野にも進出しました。
中でも特に注目されたのが「電気・油圧パルスモーター」です。
この装置は、ファナック様からの依頼を受けて開発したもので、当時のNC(数値制御)工作機械の性能を飛躍的に向上させる役割を果たしました。
具体的には、NC制御で得られたデジタル信号をモーターのエネルギーに変換し、さらに機械的な動作へと変換することが可能となりました。
この装置の登場により、ファナック様のNC制御システムが広く普及したと言っても過言ではありません。
既存技術の応用・発展
その後、当社は事業の幅をさらに広げ、「精密測定システム」の開発に着手しました。
その中で注目されたのが国家プロジェクト「スーパーシリコンプロジェクト」の一環として開発した、シリコンウェハ(半導体基板)の表面形状をナノメートル単位で測定する装置です。
この装置は、200mmや300mmサイズのシリコンウェハ測定を行うもので、業界のデファクトスタンダードとなり、大きな成功を収めました。
さらに、2000年代に入る頃には、モーターコア金型の技術を応用し、自動車部品としてのモーターコアそのものの製造にも事業を拡大しました。
最初に手がけたのは、本田技研工業様のハイブリッド車向けモーターコアの量産です。
この開発を皮切りに、自動車業界向けの「モーターコア事業」を本格的に展開していきました。
こうして当社は、創業から100年の歴史の中で多様な製品を生み出し、事業領域を拡大してきました。
しかし、その過程で事業の「選択と集中」を行い、時代のニーズに応じて柔軟に変革を遂げてきました。
たとえば、かつて手がけていた油空圧機器事業やツーリング事業については事業譲渡等の形で撤退しています。
このように、当社は変化を繰り返しながら、時代が求める製品や技術を提供し続けることで、持続的な成長を実現してきました。

黒田精工の事業概要と特徴
概要
当社は精密加工技術を活かし、「駆動システム事業」「金型システム事業」「機工計測システム事業」の三つの事業セグメントを展開しています。
駆動システム事業では、ねじゲージ製造で培った技術を応用し、ボールねじや直動関連機器を製造しています。
これらの製品は特に半導体製造装置に幅広く使用されており、高精度な動作を求められる分野で重要な役割を果たしています。
金型システム事業においては、当社が開発した「FASTEC®システム」を搭載した金型を提供しています。
このシステムにより、従来は別々に行われていた打抜き・積層・組立の各工程を1つの金型内で一括処理することが可能になりました。
その結果、製造工程が大幅に簡略化され、生産効率の向上を実現しています。
機工計測システム事業では、当社の精密加工技術と精密測定技術を融合し、高精度かつ高効率な加工を実現する工作機械や、製造工程を支援する各種機器を提供しています。
これにより、ものづくりの多様な工程をサポートし、業界の発展に貢献しています。

事業における優位性
精密加工技術を支える人材
精密加工技術の発展には、技術者(エンジニア)の存在が欠かせませんが、それ以上に「職人の高い技能」が重要な役割を果たしています。
職人が持つノウハウや、長年の経験によって培われた精度に裏打ちされた技術は、当社の大きな強みの一つです。
精密な測定や加工が求められる分野において、優れた職人の存在は不可欠であり、彼らの技能が当社の競争力を支えています。
私が黒田精工に入社したのは2006年と、当社の歴史から見れば比較的最近のことですが、入社以来、「精密のDNA」が脈々と受け継がれていることを強く実感しています。
工場内には、まさに「日本の職人魂」を体現するような職人たちが多く在籍しています。
私が入社した当時、精度を極限まで追求するために、職人たちは生活そのものを徹底的に管理していました。
たとえば、ゲージは金属製であるため、体温が伝わると熱膨張によって精度が狂う可能性があります。
その影響を最小限に抑えるために、一部の職人は「体温を上げないよう肉を食べない」という生活を実践していました。
実際に職人と握手をすると、手がひんやりと冷たかったのを今でも覚えています。
それほどまでに自らを厳しく律し、精密な仕事を追求する姿勢こそが、当社の技術を支える源泉となっています。
この「精密のDNA」が今もなお受け継がれていることは、当社の大きな強みだと確信しています。
ものづくりを支えてきた実績
100年にわたる歴史の中で、当社は世界中の大手メーカーを支え、その実績と信頼を築いてきました。時代とともに当社のお客様も変化してきました。
かつては、金型事業において日立製作所様や東芝様といった家電メーカーを主な顧客としており、いわゆる「三種の神器」(冷蔵庫、洗濯機、テレビ)を製造する企業と深い関係を築いていました。
しかし、時代の流れとともに市場のニーズが変化し、現在では売上の約7割を自動車関連が占めています。
こうした変化に対応するため、当社も新たな技術を取り入れながら進化を続けてきました。
そして、精密技術に対するこだわりや、高度な技術力に基づく「KURODA」ブランドは、日本国内のみならず世界の産業界でも高く評価されています。
長年にわたり築いてきたお客様との信頼関係こそが、当社の最大の財産であり、他社にはない大きな強みです。
幅広い要素技術と内製化
当社は企業規模に比して非常に幅広い要素技術を有しています。
長年にわたる多様な製品開発の中で、さまざまな技術が蓄積され、それらを組み合わせることでシナジーを生み出し、新たなソリューションの創出につなげています。
特に、当社の企業文化として「内製化」を重視する仕組みが確立されており、さまざまな要素技術を自社内で開発・製造しています。
たとえば、金型製造に必要な「平面研削盤」は社内で製造する体制が整っており、その駆動部分に使用される「ボールねじ」も自社製です。
また、ねじ部分を高精度に加工するための「ねじ測定器」や、さらなる精密加工を実現するための「ねじ研削盤」も、自社開発・製造を行っています。
こうした多岐にわたる内製化の取り組みと、それを支える技術力こそが、当社の競争力の源泉となっています。
これにより、製品開発の自由度が高まり、高品質な製品を迅速に市場へ投入することが可能となっています。
海外に広がるマーケット
当社の製品は、世界中のさまざまな市場で活用されています。
1980年代には、韓国市場におけるモーターコア金型では圧倒的マーケットシェアを誇っていた時代もあり、南アフリカや北米など、世界各地へ製品を供給してきました。
一時期、金型事業の海外展開は縮小しましたが、現在では売上の約9割が海外市場向けとなっています。
この変化の背景には、近年の電動自動車(EV、HEV)市場の拡大があります。
当社のモーターコア金型は、電動車の需要増加に伴い再び注目を集め、特に「Glue FASTEC®システム」は高い評価を受けています。
すでに海外の自動車メーカーからも高い支持を得ており、EVの量産プロジェクトに採用されています。
現在、当社の製品を購入しているのは、世界を代表する一流企業ばかりです。
かつて「黒田精工の金型は本田技研工業様がメイン顧客ではないか」と思われることもありましたが、今では世界中の自動車メーカーに採用されています。
こうした国際的な評価の高さが、当社のグローバル競争力を示しています。

黒田精工の成長戦略
駆動システム事業の成長戦略
当社の駆動システム事業における主力製品である「ボールねじ」の成長戦略について、「製品面」と「地域面」の二つの視点からお話しします。
まず、製品面においては、単なる部品の製造・販売にとどまらず、付加価値の高いシステムやユニットとして提供していく方針です。
これまで当社は、ボールねじを単体の部品として販売してきましたが、今後はトータルソリューションとしての提供を進めることで、お客様への提供価値を向上させていきます。
具体的には、直線運動を実現する「直動システム」の開発です。
サブシステムやユニットを組み込むことで、さまざまな顧客ニーズに対応できるよう進めています。
すでに受注実績も出ており、新たな市場開拓につながると期待しています。
次に、地域面では、海外市場での拡販を進め、シェアの拡大を目指します。
国内市場では一定のシェアを確保しているものの、海外市場ではまだ伸びしろがあるため、積極的に開拓していきます。
2012年にはドイツのボールねじメーカーを買収しましたが、10年以上が経過した現在も十分なシナジー効果を生み出せているとは言えません。
経営統合には時間がかかり、想定以上のコストが発生しましたが、今後は早急にシナジーを最大化する戦略を推進していきます。
具体的には、アジアとヨーロッパの地域間連携を強化し、市場の成長機会を最大限に活用する方針です。
さらに、製品面・製造面に加え、市場リスクを回避するための顧客開拓も進めています。
現在、ボールねじ事業の主な販売先は半導体製造装置を含むエレクトロニクス関連が中心で、売上全体の4〜5割を占めています。
他社と比較しても半導体分野への依存度が高いため、半導体分野を維持・成長させつつ、非半導体分野の市場開拓にも注力していきます。
すでに医療機器、分析・検査装置、食品関連の梱包機械など、非エレクトロニクス分野への取り組みを強化しており、一定の成果が出始めています。
今後はこの分野への投資をさらに加速し、事業の安定性と成長を両立させることが目標です。
金型システム事業の成長戦略
金型システム事業では、引き続き他社との差別化を図りながら、競争力を維持しつつ成長を目指します。
現在、当社は世界中で約40のモーターコア量産プロジェクトに関わっています。
これらのプロジェクトにはEVやハイブリッド車向けの案件も含まれており、今後数年以内に次々と本格的な量産に移行する予定です。
そのため、まずはこれらのプロジェクトを確実に支える金型を安定供給していくことが、当面の最重要課題となります。
今後5年間は引き続き市場が成長すると予測しており、それに対応するために「生産面」「技術面」「地域面」の三つの軸で戦略を進めています。
まず、生産面では、当社のマザー工場である長野工場において、生産体制の増強を進めています。
2024年3月期を基準に、2026年3月期までに金型の生産能力を2.5倍に拡大する計画を公表し、積極的な設備投資を進めています。
さらに、新しい工法の開発にも取り組んでおり、世界最大級の精密高速プレス機の導入を計画しています。
これにより、従来は1つの金型で1つの大型モーターコアを製造していましたが、新たなプレス機を活用することで2つのモーターコアを同時に製造可能となり、生産性が倍増します。
このため、生産プロセスの精度管理の要件が一段と厳しくなりますが、大型プレス機の開発をアイダエンジニアリング様と共同で進め、当社の大型金型と組み合わせることで、精度を確保しながらより高い生産性を実現する計画です。
また、海外市場の拡大にも注力します。
現在、中国市場におけるプロジェクトの多くは欧米系や日系メーカー向けですが、2024年には中国のローカルEVメーカーとのプロジェクトを初めて獲得し、今後さらなるシェア拡大を目指しています。
また、韓国市場でも長年苦戦してきましたが、2024年に初めてEVプロジェクトを獲得し、これをきっかけに欧米や日本以外の地域へも積極的に進出していきます。
機工計測システム事業の成長戦略
機工計測システム事業は多岐にわたる技術や製品群を持つため、成長戦略を単純にまとめるのが難しい分野ですが、「新しいソリューションの開発」と「海外展開の強化」の二つの戦略を軸に進めています。
一つ目の「新しいソリューションの開発」では、当社が持つ多様な要素技術を活かし、複合的なソリューションを開発していきます。
異なる技術を組み合わせることで生み出される新たな提案や製品の開発を加速し、当社独自の競争力を高めていきます。
二つ目の「海外展開の強化」では、当社の機工計測システム事業の海外売上比率がまだ低いことを課題と捉えています。
現在の海外売上比率は十数パーセント程度にとどまっていますが、比較として金型事業の海外売上比率は約9割、ボールねじ事業は約5割を占めています。
このため、当社の技術力を最大限活かせる機工計測システム事業には、海外での成長余地が大きいと考えています。
この課題に対応するため、2024年4月に「海外営業部」を新設し、海外市場の開拓に本格的に着手しました。
今後数年間、この取り組みを加速させ、海外市場でのプレゼンスを高めていきます。
注目していただきたいポイント
外部の方からは、「古くて堅実なメーカー」という印象を持たれることが多いかもしれません。
しかし、実際には当社は時代ごとの最先端産業を精密技術で支え続けてきた企業です。その意味で、当社は非常にイノベーティブな文化を持っていると考えています。
当社の技術は、世界最先端のEVや手術ロボットにも採用され、産業の発展を支えています。
こうした先端技術を支える役割こそが、当社の強みの一つです。
また、「ドメスティックな企業」というイメージを持たれることもありますが、実際には非常にグローバルな展開を行っています。
現在、海外ではアメリカ・中国・韓国・マレーシア・ドイツに子会社を持ち、北米・中国・ヨーロッパの3拠点に医療関連の事業拠点を持ち、欧州・北米・中国で提携パートナーとのライセンス契約を結ぶなど、各地で積極的な協業を進めています。
こうしたグローバルな取り組みについても、多くの方に知っていただきたいと考えています。
投資家の皆様へメッセージ
当社はBtoB企業であるため、一般の方々には何をしている会社なのかが伝わりにくいかもしれません。
だからこそ、ぜひ当社の事業内容を知っていただき、その強みを実感していただきたいと考えています。
当社は、EV、半導体、医療システムといった世界最先端の産業において、非常に良いポジションを確立しています。
特に、「山椒は小粒でもピリリと辛い」という言葉に象徴されるように、グローバルニッチトップ企業を目指し、確かな技術力で市場をリードしていきます。
今後の成長にぜひご期待いただき、引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。
黒田精工株式会社
本社所在地:〒212-8560 神奈川県川崎市幸区堀川町580-16 川崎テックセンター 20F
設立:1949年4月5日(創業:1925年1月)
資本金:1,941百万円(2024年3月末時点)
上場市場:東証スタンダード市場(1961年10月2日上場)
証券コード:7726