※本コラムは2025年3月5日に実施したIRインタビューをもとにしております。
株式会社メタリアルは専門分野に特化したAI翻訳技術を基盤とし、言語の壁を越える革新的なサービスを提供しています。
代表取締役CEOの五石 順一氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
株式会社メタリアルを一言で言うと
「無謀なチャレンジャー」です。
メタリアルの沿革

創業の経緯
私はもともと「駅前留学NOVA」という英会話スクールを運営する「株式会社NOVA」において経営企画室を担当していました。
新卒でノヴァに入社し、経営企画の仕事をする中で、私の役割は「これからの時代、英語ができないと大変ですよ」と世の中に発信し、英語の必要性を訴えていくことが主な仕事でした。
就職や昇進のためにも英語が必要だというメッセージを広めていたんです。
しかし、そうした仕事を続けるうちに、ふと疑問を抱くようになりました。
「なぜ日本人は、英語を学ばなければならない立場なのか?」ということです。
NOVAに通う生徒の多くは、非常に優秀で人格的にも立派な方々でした。
一方で、当時の英会話スクールの講師は、正直なところ“チャラい”人も多く、日本に来ればモテるから、という理由で働いている人も少なくありませんでした。
それでも彼らは英語のネイティブというだけで崇められ、一方で優秀な日本人が「英語ができない」という理由だけで萎縮し、彼らにへりくだる光景をよく目にしていました。
私は次第に「これはおかしい」と感じるようになり、「なぜこんなにも優秀な日本人が、英語が話せないというだけで劣等感を抱かなければならないのか?」と疑問に思うようになり、何か別の方法で日本人が英語を使わずとも活躍できる環境を提供できないか考えていました。
そのような中、私は企業内ベンチャーとして翻訳サービスを立ち上げ、その運営に携わっていました。
その過程で気づいたのが、翻訳家の誰もが専門用語を調べる際にGoogleなどの検索エンジンを活用していることでした。
たとえば、「この英語表現は自然か?」「この単語は正しく使われているか?」といった疑問を、ネット検索で確認するのが当たり前になっていたのです。
そこで私は、「このプロセスを完全に自動化できないか?」と考えました。
当時はまだ「ビッグデータ」という言葉も一般的ではありませんでしたが、大量のデータを統計的に解析し、AIを活用して自動翻訳を実現できるのではないかと考えたのです。
そして、「英語を学ばなければならない世界」ではなく、「英語を学ばなくても済む世界」ができるかもしれないと思い、2004年に「株式会社ロゼッタ(現 株式会社メタリアル)」を創業しました。
AI翻訳サービス「T-4OO」のローンチ
当社が大きく飛躍した出来事は、2016年9月に開始した専門分野に特化したAI翻訳サービス「T-4OO」と、2017年11月にそのver2が完成したことでした。
一気に翻訳精度が向上し、2004年の創業から2016年頃まで、AI翻訳の事業規模は年間売上2億円程度でしたが、2017年に突如としてプロの翻訳者と同等の精度を達成できるようになったことで、業界において唯一無二の存在となりました。
そして、3年間で売上は約15倍に伸び、年率3〜4倍の成長を続けました。
余談ですが、初期のAI翻訳システムは、膨大なデータを読み込み、大量の計算を行っていたため、非常に処理が遅く、最初のシステムの名前は「熟考」でした。
「熟考」という名前の通り、「じっくり考える」という意味がありますが、実際には「処理が遅い」ということを暗に示すものだったんです。
ただ、生成AIの分野では「OpenAI」の「ChatGPT」が大ブレークしていますが、実は当社のAI翻訳も基本的には同じ仕組みで、LLM(大規模言語モデル)を活用することで文脈や語調・書き振りを自然に反映した高精度な翻訳を実現しました。

「あるべき姿を妥協しない」経営哲学
当社には創業以来、個性的な人材が集まってきました。
その中で私が目指しているのは、「管理が必要ない会社」です。
誰かが誰かを管理するのではなく、優秀な個性が集い、自由に楽しく働ける環境こそが重要だと考えています。
しかし、自由だからこそ、そこには「異論をぶつけ合える文化」が必要です。
日本では、異論を挟むことは「対立」と捉えられがちですが、私たちはこれを「より良いものを生み出すためのプロセス」だと捉えています。
同じゴールを目指している以上、積極的に意見をぶつけ合うことは、間違いなくプラスに働きます。
だからこそ私たちは、異論を恐れず、本音で意見を交わし合える会社でありたいのです。
私は、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスクといった、経営の世界で神様のように語られる人たちを尊敬し、その経営手法を参考にしています。
彼らが共通しているのは、「あるべき姿を妥協せず、徹底的に追求する姿勢」です。
イーロン・マスクは「経営においては、世界を変えたりユーザーを喜ばせることに集中するか、それとも社員や周囲に“いい人”と思われることを優先するかのどちらかだ」と語っています。
正直に言えば、私自身、まだまだ「いい人でいたい」という気持ちが強く、つい妥協してしまうこともあります。
ですが、私も彼らの「100分の1」でもいいから、その覚悟に近づけるように、なりふり構わず目標に向かって突き進む人間として成長していきたいと思っています。
メタリアルの事業概要と特徴
概要
当社の事業を説明する際に、よく聞かれるのが「すでに同じような翻訳サービスがあるのでは?」という質問です。
特に「Google翻訳があるのに、なぜわざわざメタリアルを選ぶのか?」との質問が多く寄せられます。
実は、この疑問こそが当社の事業の本質を示しています。
世の中にある一般的な翻訳AI、特に無料翻訳サービスとの決定的な違いは、汎用性と専門性にあります。
Google翻訳のような一般的な翻訳AIは、どの分野の文章でも同一のシステム上で処理されて翻訳しています。
しかし、当社の翻訳AIは分野・業種に特化しているのが特徴です。
たとえば、AI翻訳エンジン「T-4OO(ティーフォーオーオー)」では、2,000以上の専門分野に分かれており、それぞれの分野に特化した翻訳を行っています。
これが、一般的な翻訳AIとは異なる点であり、当社の強みです。
また、当社では専門的な文書の翻訳を主に手がけています。
たとえば、特許、製薬、製造業、法律といった分野では、一般的な翻訳では対応しきれない専門用語や文脈が含まれます。
こうした専門分野の翻訳は、従来「産業翻訳」と呼ばれ、人間の翻訳者が対応してきました。
実際、当社のグループ会社「株式会社グローヴァ」も、20年以上にわたりこの産業翻訳を手がけています。
そして、現在は単なるAI翻訳ツールの提供にとどまらず、文章の作成から翻訳、整合性チェックまでをAIが行う「垂直統合型AIエージェント」の提供へと業態を進化させています。
そのため、現在の当社は「業種・分野に特化した翻訳」「日本企業のグローバル対応支援」「垂直統合型AIエージェントの提供」の三つの事業モデルでサービスを提供しています。
事業における優位性
専門分野に特化した翻訳ノウハウ
当社は、2000年から専門分野ごとのデータを蓄積してきました。
つまり、20年以上にわたり、産業翻訳のノウハウを蓄積してきたのです。
そして、2017年にAI技術とこの膨大な専門データが融合したことで、当社の翻訳AIが飛躍的に進化しました。
専門分野に精通するには、一朝一夕では実現不可能です。
たとえば、翻訳業界を知らない一般の方からは、「TOEICのスコアがどのくらいあれば翻訳できるんですか?」とよく聞かれます。
ただ、実はTOEICのスコアが満点であっても、産業翻訳をできるわけではありません。
産業翻訳において、単に「英語が流暢に話せるかどうか」は重要ではないのです。
金融業界の翻訳を考えてみると分かりやすいと思いますが、「英語の知識」ではなく、「金融の専門用語や文脈を理解できるかどうか」が重要になってきます。
この業界知識がなければ、たとえ英語がペラペラでも、正確な翻訳はできません。
結局、翻訳で最も大切なのは、専門分野の知識と、それを理解する力なのです。
そして、当社はその専門分野における知識やノウハウを20年以上蓄積してきており、他社の追随を許さないほど先を走り続けています。
これが当社の優位性であり、参入障壁になっているのだと認識しています。

安定した顧客基盤からのストック収益
当社は6,000社の顧客基盤を活かして、生成AI事業を成長させています。
そして業界は、医薬、化学、食品、電気機器、機械、精密機器、繊維、輸送機器など、多岐にわたる分野を網羅しています。
また、長期的な関係を築くロイヤル顧客を中心に据え、開発・マーケティング・営業を展開しています。
ロイヤル顧客のニーズに応じた統合機能を提供し、生成AIの適用により専門文書の作成から管理までのプロセスを自動化しています。
当社はこのような垂直的なサポートを実現できるAIパートナーとして確固たる地位を築いており、結果として安定的な収益の確保につながっています。
メタリアルの成長戦略
生成AI領域におけるポジショニング
生成AIが台頭している中、当社はアプリケーションレイヤーに位置付けられます。
つまり、生成AIの基盤技術そのものを開発するのではなく、それを活用する立場にあります。
そのため、当社にとって生成AIの高性能化の流れは基本的には”追い風”だとポジティブに捉えています。
ただし、事業戦略としては、汎用的なAIではなく、特定分野に特化することが不可欠です。
汎用的な生成AIは、すでに市場がレッドオーシャン(競争が激化している市場)になっており、特にOpenAIやGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のような大手企業が積極的に参入しています。
つまり、汎用AIの分野に参入すると、そうした大企業に飲み込まれてしまう可能性が高いのです。
そこで当社は、業種・分野特化型の垂直統合型AIにフォーカスし、独自のポジショニングを確立していく戦略で成長していきます。

専門文書AI統合SaaS/対話型AIエージェントへ
当社が提供するサービスを、翻訳AI単体ツールから専門文書AI統合のSaaSや対話型AIエージェントにシフトしていきます。

たとえば、当社には音声通訳AI「オンヤク」という製品がありますが、これは音声会話用の通訳AIで、「T-4OO」と組み合わせた製品です。
これまで、製品マニュアルの翻訳を考えた場合、従来のT-4OOは既存の日本語の取扱説明書を英語に翻訳する際に使用されており、日本語の原稿作成自体には関与していませんでした。
今後は、日本語の原稿作成をAIで自動化するという方向にシフトしていきます。
また、業界ごとの法的規制やガイドラインに適合しながら、過去の類似文書との整合性を確保することが可能になります。
このように、T-4OOの機能を拡張し、文章作成から翻訳、整合性チェックまで一貫して行うAIへと進化していくための開発を進めています。
そして、専門領域に特化していくことも当社にとってかなり期待できる分野です。
医薬業界向けの文書生成AI「ラクヤクAI」を発売したのを皮切りに、法務文書、自社内ドキュメント管理など領域別のAIサービス提供を広げていきます。

メタバース事業の成長
一般向けメタバースはゲーム・アニメを中心にレッドオーシャン化している一方で
実用的かつ特定産業分野に特化している競合は少ないのが現状です。
そのため、当社は建築分野に特化し、かつ、先端AI/MV(メタバース)技術を活用することで差別化していきます。
そして、メタバースに親和性のある広範な顧客基盤と高度な専門技能を持つSTUDIO55と連携することで、AI/MV技術とのシナジー効果を発揮し、メタバース事業の飛躍的な成長を目指しています。
たとえば、「山間部にビルを建設する」「橋を架ける」「空き地にビルを建設する」といったプロジェクトにおいて、事前にメタバース上で完成後のイメージを事前に体験できるようなサービスを提供していきます。
さらに、このメタバース技術をBIM(Building Information Modeling)と連携させることで、よりリアルなシミュレーションが可能になると期待しています。
当社の中でコア技術としているのが、「Gaussian Splatting(ガウシアン・スプラッティング)」と呼ばれる生成AIの技術で、メタバースに特化しているものです。
最近、画像生成AIが非常に話題になっており、プロの画家が描いた作品と見分けがつかないほどの精度に成長しています。
このGaussian Splattingは、言ってみればその「メタバース版」ともいえる技術です。
たとえば、スマートフォンで撮影した映像をデータとしてアップロードすると、AIが自動的にメタバース空間を構築してくれます。
つまり、現実の風景や建物を撮影するだけで、それを仮想空間に再現できるものです。
このメタバース生成AIこそが、当社の技術の中核となるコア技術であり、今後の成長の鍵を握るものだと考えています。

注目していただきたいポイント
世間一般の企業ではあり得ないような出来事が、当社では日常茶飯事です。
個性的な社員ばかりで、私はよく「我々は世界を内包している」と社員に伝えています。
普通の会社にはいないような、あるいは「いてはいけない」と思われるほど、極端な個性を持った人材が集まり、その両極端な個性が共存している、つまりカオスな状態です。
たとえば、当社のリモートワークに対する考え方も非常に独特です。
かなり前ですが「VR本社」として、本社機能をバーチャル空間へ移転する試みを行いました。
そして、現在もリモートワークを徹底しており、コロナ禍が終わって多くの企業がオフィス回帰を進める中でも、その姿勢を一切変えていません。
また、当社のCTO(最高技術責任者)は、入社以来一度もオフィスに来たことがありません。
取締役が一度もオフィスに足を踏み入れたことのない会社というのは、かなり珍しいのではないでしょうか。
さらに、CSO(最高戦略責任者)もタイ在住で、彼もまたオフィスには一切出社しません。
このような体制の背景にあるのは、未来の働き方への最適化です。
10年後、20年後には、人が直接対面して感情を読み取りながら仕事をする時代は終わると考えています。
現在はまだ、直接顔を合わせることで円滑に進む仕事もありますが、将来的にはAIとの協働が主流となり、人間同士が感情を読み取る必要さえなくなるでしょう。
そのとき、「オフィス」という概念自体が不要になると私たちは考えています。
だからこそ当社は、今の段階から未来に適応した働き方を実践しているのです。
「変わった会社だな」と思われるかもしれませんが、その「変わっていること」こそが、私たちのスタイルであり強みだと自負しています。
投資家の皆様へメッセージ
世間から見れば、当社は「無謀な会社」なのかもしれません。
実際、その通りです。
ですが、そんな私たちの夢に共感し、期待を寄せてくださる方がいらっしゃるなら、ぜひ応援いただきたいと考えています。
「常識的な企業」を期待されると、きっとがっかりさせてしまうはずです。
しかし、常識を超えた挑戦こそが、未来を切り拓く力になると信じています。
これからも私たちは、「無謀なチャレンジャー」として、新しい価値を生み出し続けます。
株式会社メタリアル
本社所在地:〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3丁目7番1号
設立:2004年2月25日
資本金:792,639,590円(2024年2月末時点)
上場市場:東証グロース市場(2015年11月19日上場)
証券コード:6182