※本コラムは2024年11月13日に実施したIRインタビューをもとにしております。
丸善CHIホールディングス株式会社は「知は社会の礎である」という経営理念のもと、知の生成と流通に革新をもたらす企業集団を目指しています。
代表取締役社長の五味 英隆氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
丸善CHIホールディングス株式会社を一言で言うと
知の生成と流通に革新をもたらす企業集団です。
丸善CHIホールディングスの沿革
創業の経緯
当社は、2010年に大日本印刷の子会社であった丸善と図書館流通センター(TRC)の両社を完全子会社とする共同持株会社として、書籍や出版流通のさらなる活性化を目指し、CHIグループ株式会社の商号で発足しました。
当社はまだ15期目とそれほど長い歴史を持つ会社ではありませんが、書店の店舗事業、大学向け販売事業等を行っていた丸善は1869年(明治2年)創業で非常に歴史ある老舗企業と言えますし、公共図書館の運営受託を行っていたTRCは1979年に創業しています。
その後、ジュンク堂書店、雄松堂書店が加わり、出版流通の革新に向けた集団となるためグループ内再編を行い、商号も丸善CHIホールディングス株式会社に変更し、現在の形になりました。
事業拡大を目指したグループの統廃合
当社にとってはまず会社の成り立ちそのものが、非常に大きなターニングポイントでした。
それぞれ独立していた会社をグループ化したことで、グループ全体で書籍コンテンツ流通事業に取り組む体制が生まれました。
これは非常に大きな変化だったと捉えています。
TRCは公共図書館や学校図書館への書籍販売や運営受託を行い、丸善雄松堂(旧丸善)は大学図書館向けの書籍販売や学生への教科書提供を行っています。丸善出版は旧丸善から分社化し出版事業を行っており、そして、丸善ジュンク堂書店は一般の読者に書籍を届ける役割を果たしています。
このように、書籍に関わるもの全般に対して、グループ内でお客様との接点を複数持てるようになったことは当社の強みにもつながっています。
中期経営計画の策定
中期経営計画(中計)を2024年3月に発表しました。
これまで、このような形で対外的に計画を公表したことはありませんでしたが、グループとして成長の余地をどう作り出すかをしっかりと皆様にお示しすることが大切だと考え、今回の策定に至りました。
ご存じの通り、出版流通業界は厳しい状況にあります。
書籍や雑誌の売上は減少し、成長しているのはコミックの電子書籍だけというのが現状です。
そのため、現状の出版・流通だけでは成長が見込めないという危機感もあり、次の時代を見据えた変革が不可欠だと認識しています。
各事業会社は、それぞれの分野でトップクラスの実績を持っていますが、さらなる成長を目指すには、グループ全体での連携やシナジーをより一層活性化させることが必要です。
そういった背景もあり、中計の策定に至り、5年後を見据えた戦略をお示ししています。
丸善CHIホールディングスの事業概要と特徴
概要
当社は出版・流通業界を軸に、文教市場販売事業、店舗・ネット販売事業、図書館サポート事業、出版事業、その他事業の5つのセグメントで事業を展開しています。
事業における優位性
文教市場販売事業の特徴と現状
主に大学や公共図書館を対象に書籍の販売や、図書館環境のデザインや施工などを手がけています。
まず大学に関しては、丸善雄松堂は長年多くの大学とのコネクションを維持しており、大学の売店運営もその一環として行っています。
コロナ禍で一時的に需要が高まりましたが、学生が書籍を購入する割合は年々減少しています。また、コロナ禍では自宅学習機会が増え、手元に教科書や教材を用意する需要が高まりましたが、現在はコロナ前と同様の水準にまで戻っています。
一方で、新型コロナを契機に電子化へのニーズが一気に高まったため、電子図書館が全国的に急速に普及したことは当社にとって追い風となりました。
現在は従来の紙の本の販売に加え、電子図書館や電子教材の配信システムといった新しいサービスの提供に取り組んでいます。
そして図書館に関しては、当社は民間に委託されている公共図書館運営において高いシェアを維持しています。
その公共図書館の業務を受託する上で大きな武器となっているのが書誌データベース「TRC MARC」です。
新刊書籍が発行される都度、一冊毎にデータ化しており、このデータベースを活用することで、図書館利用者は自分が探している本を的確に検索することが可能です。
さらに、小中高の学校図書館向けにも、子どもたちが簡単に本を検索できるタブレット版の図書検索システムを開発し、提供しています。
このように、単なる書籍の販売にとどまらず、図書館運営をサポートする強力なツールを提供していることで取引の継続につなげています。
店舗・ネット販売事業の特徴と現状
店舗・ネット販売事業は丸善やジュンク堂書店といった書店での販売事業を指しています。
こちらの事業は、出版不況の影響もあり、書籍販売だけでは非常に厳しい状況が続いています。
その中で当社の強みは、実店舗として100店舗以上構えていることにあると考えています。
全国の主要都市に店舗を持ち、イベント開催などを通じてお客様に足を運んでもらうといった取り組みを行っており、書籍と人が出会うリアルな「場」を提供しています。
さらに、街中の小規模な書店とは異なり、大型店舗を展開しているため、ベストセラーだけでなく、学術書などの専門的な書籍も豊富に取り揃えています。
地域ごとに特徴がありますが、関西ではジュンク堂書店、関東近郊では丸善の名前が多くの方に知られているように、ロイヤリティの高いお客様に支持され、ブランド力を保持しています。
近年は利益率の高い新たな事業として書籍販売以外の事業にも取り組んでいます。
たとえば、IP関連事業として「EHONS」という絵本キャラクターを活用したグッズブランドを立ち上げました。
子どもから大人まで幅広い世代に親しまれる絵本に着目し、絵本をもとにしたキャラクターをグッズ化して販売しています。これは出版社や作家の方々と長年にわたる信頼関係がある当社グループだからこそ、実現できたものです。
さらに、ここ数年は店舗内の一角をホビー系リユースショップ「駿河屋」として展開する取り組みも進めており、新たにホビーグッズを販売するチャネルとして活用することで、コミックなどサブカルチャーやホビー系書籍販売との相乗効果だけでなく、多角的な収益機会を狙っています。
図書館サポート事業の特徴と現状
図書館サポート事業では、公共図書館や大学図書館などの運営を受託し、図書館員の派遣を行っています。
現在、公共図書館の約36%が民間委託されていますが、自治体が自ら運営している図書館も依然として多くあり、民間委託の需要はまだまだ伸び代があります。
単なる受託にとどまらず新たな価値をプラスオンすることで、収益基盤をより強化できると考えています。
近年、自治体では図書館の役割を従来の蔵書と貸し出しが主体の機能から、地域住民がコミュニケーションを取るための「場」、地域を活性化させる「場」として捉え直そうとする動きが広がっています。
たとえば、福井県の敦賀駅前にオープンした知育・啓発施設「ちえなみき」という公設民営型書店はその代表的な例です。
本を核としてさまざまなイベントを実施し、地域住民と共に新しい価値を作り出す活動は、公設民営という枠組みならではの書店の在り方だと思います。
このような取り組みは、当社が掲げている「地域創生」の一環であり、住民が「知」を活用し、自分たちの生活の中でそれを発揮できるような仕組みづくりを目指しています。
このような住民サービスの向上は、自治体も強く望んでおられるので、当社としては、どのような形のサービスを提供すれば地域の活性化にご支援できるのかを日々模索しています。
出版事業の特徴と現状
当社の出版事業は、理工・医学・人文社会科学などの専門書を中心とする丸善出版と、児童書や絵本を主体に扱う岩崎書店の2社が担っています。
出版事業は定期的に安定した刊行をどう実現するかが非常に重要なポイントだと考えています。そのために、親会社の大日本印刷の持つ、少部数でも出来るだけコストを抑えて印刷できる技術も活用しています。
また、当社は従来の「紙の本」という形態にとどまらず、新しい出版形態にも挑戦しています。
たとえば、丸善出版では書籍と動画を組み合わせた教科書や教材の開発に取り組んでいます。具体的には書籍の中にQRコードを付け、そのコードを読み込むことで書籍の内容を解説する動画を視聴できるという仕組みです。
また、岩崎書店では、児童書や絵本に関連するIPを活用して、グッズ展開を通じた新たな収益源の拡大に挑戦しています。
その他事業の特徴と現状
その他事業については、これまでご説明した4つの事業のどの事業にも当てはまらないものや新規事業がまとめられていますが、その他事業は4つの事業のいずれかとも関連しており相互に事業の価値を高める関係性にあります。
たとえば、民間向けの施工工事を手がける丸善雄松堂があります。
もともと大学や図書館、書店向けの施工を行っていましたが、現在は商業施設向けの施工にも取り組んでおり、文教市場販売事業とは異なる形で切り出して運営しています。
また、新規事業としてTRCが子会社化した「明日香」があります。
図書館サポートを行う中で、お子様連れの親御さんが図書館を利用する際に保育ニーズがあることがわかり、そのニーズに応える形で総合保育サービス事業にも参入しました。
保育ニーズは非常に高く、順調に拡大しています。
さらに、2023年に開始した会計・税務書籍の読み放題サービス「丸善リサーチ」という新しいオンライン事業もあります。
このサービスでは、「リサーチ」という名前が示す通り、税理士や会計士の方々がさまざまなクライアント案件を扱う際に、電子書籍を横断的に検索できる仕組みを構築しました。
税理士や会計士の方々は、これまで紙の書籍を使い、付箋を挟んで複数の本を行ったり来たりしながら作業しており、膨大な時間と手間を要することが課題となっていました。
「丸善リサーチ」では関連情報を一括で確認できるような仕組みを整えたことで、業務効率が大幅に向上するサービスとして利用が進んでいます。
この仕組みは、ベンチャー企業であるリーガルテクノロジー社との協業によって生まれました。
リーガルテクノロジー社は法律系の書籍のサブスクリプションサービスを展開している会社で、彼らはプラットフォーム構築のノウハウを別の分野にも横展開したいと考えていました。
そこで、出版社との信頼関係が厚い当社がコンテンツを集め、これをリーガルテクノロジー社が提供するプラットフォームで展開するという形でサービスを構築しました。
このように、書籍から新たな価値をご提供するための種を探し、育てる新規事業に積極的に取り組んでいます。
丸善CHIホールディングスの成長戦略
中期経営計画(2025年1月期~2029年1月期)
中期経営計画では、成長力と資本効率の向上が大きな柱となっています。
売上高としては5年後に2,000億円を目指しています。
現在の売上高は約1,600億円ですが、既存事業の成長だけでは1,700億円程度にとどまると見込んでいます。
そのため、残りの300億円については新規事業による成長で積み増しするという計画です。
また、営業利益については現在30億円程度ですが、5年後には85億円を目標としており、新規事業によって利益率の高い事業をどれだけ創出できるかが重要なポイントです。
基本方針である、①グループ資産の活用促進、②成長領域の創出、③収益構造の転換という3つの方針を軸に、当社が抱えている課題に対してあらゆる施策を打ち出していきます。
課題認識としては、出版流通業界自体が既に成熟してしまっているマーケットであることが挙げられます。
日本の出版流通業界は、全国津々浦々に本を届けるという国の方針によって、委託販売や再販制度などの仕組みによって守られています。
この制度は日本の知的文化的な発展に長年にわたり貢献してきた一方で、人口が減少し市場が縮小している現在では、利益が出にくい状況を生んでいます。
海外では粗利が40%程度まである一方、国内の平均粗利は26%程度しかなく、人件費や家賃などの経費を差し引くと、ほとんど利益が残らない仕組みになっています。
委託販売の仕組みにより、店頭に送られた本の約40%が売れずに出版社に返品されるため、市場が縮小していく中で出版流通業界全体でも利益が減少していく傾向が続いています。
当社グループでは、その厳しい事業環境の中で事業ポートフォリオ変革への取り組みをここ数年で進めており、IP事業や新規事業へ投資を行うことで収益性の改善を急いできました。
まさに知の生成から流通に革新をもたらさなければ、持続的な収益確保が難しい状況なのです。
成長戦略を推進する仕組みづくり
まず成長力についてですが、従来の書籍販売というビジネスモデルに加えて、新しいサービスを生み出さなければ今後の成長は難しいと考えています。
そのため、新規事業を立ち上げるべく、2024年4月に「イノベーションラボ」という組織を設置しました。
この組織では、各事業会社からメンバーを募り、31人のメンバーが新規事業のアイデアを出し合って議論しています。
現在は数件のアイデアに絞り込み、これらを具体的な事業としてインキュベーションしていく段階に入っています。
こうした取り組みを通じて、新規事業を複数立ち上げることで、利益率の高い事業を生み出すとともに、グループ横断で新規事業を生み出す風土作りを行っています。
資本効率の向上
これまで各事業会社が独立して運営されてきたため、重複した投資が多く見られました。
現在、物流や倉庫の統合を含め、グループ全体で議論し、資本効率を高めるための新しい体制づくりを進めています。
積極的な新規事業、M&Aへの投資を行うとともに、適切な株主還元も実施することで、資本効率を高めていく考えです。
新規事業の方針
新規事業への投資については、M&Aも含め、事業シナジーを生み出すため、全く別の業界に進出するのではなく、既存事業との隣接領域に進出していこうと考えています。
イノベーションラボでは、新規事業のテーマを2つ設定しました。
1つ目は「電子書籍」です。
電子書籍は現在の新しい潮流であり、当社としてもその活用方法をさらに模索しています。
たとえば、丸善リサーチがその一例で、電子書籍を活用することで利用者に新たな価値を提供できる方法が他にもあるのではないかと考えています。
現在の電子書籍といえば、AmazonでKindle版をダウンロードして読むというシンプルなモデルが主流ですが、自動翻訳技術の進化と組み合わせれば、日本語の書籍を海外へ展開するチャンスが広がるのではないかと思っています。
すでにコミック業界は資金の循環が良いため取り組みが進んでいますが、学術書や専門書などは翻訳に多大なコストがかかるため、未開拓の領域です。
コスト面の課題を乗り越えれば、日本の優れた作品を海外に発信していく余地はまだ十分にあると感じています。
2つ目は「地域創生」です。
当社は全国に100店舗以上の書店と、多くの公共図書館の運営を受託しています。
それらを活用して地域の人々が「知」をより活用できる取り組みを進め、地域活性化や地域創生につながるサービスを提供していきたいと考えています。
たとえば、各地域が持つ観光資源や文化や産業の情報を整理して積極的に発信していくことが考えられます。
地域の歴史や文化、産物などを深く体験・理解できるサービスは、まだ十分に整備されていません。
それらを、当社が運営する図書館や書店を通じて各地域の情報をまとめて提供できるHub(ハブ)のような存在になることができるのではないか、そういった新しい図書館や書店の役割も生まれてくるのではないかと期待しています。
注目していただきたいポイント
皆様にご理解いただきたいのは、私たちのビジョンである「知は社会の礎である」という考え方です。
図書館や書店といった「知」の拠点を未来永劫、持続可能な形で存続させることができる構造をつくることが、私たちの使命であります。
それがひいては日本の国力を支えるものと考えています。
現在、自治体と連携して「知」を中心に子育てやお子様の学び、リスキリング、マネー教育といった学びの「場」を地域に提供する取り組みを進めています。
ただ、この取り組みは、デジタルで短期間に解決できるような話ではなく、地道な活動と長期的な視点が必要です。
私たちがこれまで培ってきたアセットを最大限活用し、デジタル技術の活用や地域の方々との協力を通じて、事業をさらに発展させていきたいと考えています。
投資家の皆様へメッセージ
私たちは「知の生成と流通」を通じて、一人ひとりの方が豊かな生活と人生を送るためのお手伝いをしたいと考えています。
そのためにも、図書館や書店の運営や、大学などの知の拠点との連携を通じて、多くの気づきや好奇心を引き出せる場を提供していきたいと考えています。
これからも、知ること、学ぶことの楽しさを体験していただけるような取り組みを進めてまいります。
私たちは「知のインフラ」を担う企業だと自負しています。
その重要なミッションを担いつつ、もちろん企業としての収益性を向上させる不断の努力を続け、資本効率を高めながら、数値目標を確実に達成したいと考えています。
当社の理念や取り組みに共感し、応援していただける投資家の方々にご支援いただけると幸いです。
丸善CHIホールディングス株式会社
本社所在地:〒162-0837 東京都新宿区納戸町40番地1
設立:2010年2月1日
資本金:30億円(2024年11月アクセス時点)
上場市場:東証スタンダード市場(2010年2月1日上場)
証券コード:3159