※本コラムは2025年1月15日に実施したIRインタビューをもとにしております。
ローランド株式会社は「 WE DESIGN THE FUTURE 」をテーマに、当社の製品で人々にインスピレーションを与え、ミュージシャンの方々と共創しながら音楽の可能性を追求しています。
代表取締役社長CEOの蓑輪 雅弘氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
ローランド株式会社を一言で言うと
「 WE DESIGN THE FUTURE 」を体現する総合電子楽器メーカーです。
ローランドの沿革

創業の経緯
当社は1972年4月に創業し、50年以上の歴史を誇ります。
当時の日本ではフォークが非常に流行しており、楽器といえばアコースティックギターが主流でした。
一方、電子楽器はまだニッチな存在で、一般にはほとんど普及していませんでした。
YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の登場が1978年であることを考えると、日本における電子楽器はまさに黎明期だったといえるでしょう。
また、電子楽器は高価で、国内ではほとんど流通しておらず、一部のアメリカ製のアナログシンセサイザーが出回っている程度でした。
創業メンバーたちは電子楽器の可能性にいち早く着目し、当社を設立しました。
MIDI(ミディ)規格の制定
創業から約11年後の1983年、電子楽器業界では「MIDI(ミディ)」という規格が制定されました。
MIDIは、異なるメーカーの電子楽器同士を接続し、情報をやり取りできるようにするための標準規格です。
この規格の誕生により、メーカーの垣根を超えた互換性が実現し、電子楽器の普及と発展が大きく加速しました。
当社は国内外の企業とともにMIDI規格の制定を主導し、これをグローバル規格として確立しました。
この規格の誕生により、当社のシンセサイザーで演奏した情報で他社製品の音を演奏するなど、音楽表現の幅を各段に広げ、電子楽器業界全体の成長を後押しする大きなターニングポイントとなりました。
さらに、当社はその後も「V-LINK」という新規格を発表し、楽器演奏に連動した映像の切り替えや、映像の再生スピード、色・形のコントロールを可能にする技術を開発しました。
電子ドラムの普及
1997年、世界初となるメッシュ・ヘッドのパッドを搭載した電子ドラム「Vドラム TD-10K」をリリースしました。
当時、電子ドラムは複数のメーカーから販売されていましたが、使用するのは一部のプロ・ミュージシャンに限られていました。
そのような中、当社は独自開発した「メッシュ・ヘッド」を電子ドラムに採用しました。
メッシュ・ヘッドとは、細かい網目状の素材を複数重ねて作られた打面で、従来のゴム製パッドよりも打感のよさと静粛性を両立させ、よりアコースティックドラムに近づける革新的な技術です。
当社はこの技術の特許を取得し、2010年代半ばまでは独占的に提供していました。
メッシュ・ヘッドの採用により、電子ドラムの演奏感が飛躍的に向上し、市場に大きな変革をもたらす「Game Changer」となりました。
その後も、当社のVドラムは20年以上にわたり進化を続け、最高のドラム演奏体験の追求を続けています。
リーマンショックと回復
2008年に発生したリーマンショックにより、楽器業界全体が大きな打撃を受けました。
市場は2〜3年で回復の兆しを見せましたが、長期にわたる円高の影響も重なったことで、当社は四期連続の赤字に陥り、事業の再構築を迫られました。
この状況を打開するため、2014年にMBO(マネジメント・バイアウト)を決断し、一時的に上場を廃止しました。
MBO期間中は、構造改革と今後に向けた成長投資の双方を実行し、開発・生産・マーケティング・販売・ガバナンスに至るまであらゆる体制を刷新し、2020年12月再上場を果たしました。

代表に就任した経緯
私は2024年3月の株主総会を機に、代表取締役COO(Chief Operating Officer)兼CIO(Chief Innovation Officer)に就任し、同年7月には代表取締役社長CEOに就任しました。
当社において、私は7代目の社長となります。
ここで、簡単に私の経歴をご紹介させていただきます。
私はローランドの創業と同じ1972年生まれで、1996年4月に入社しました。
入社後の1年間は研修を含め、ピアノの製造部門で国内生産の現場を経験し、2年目からはソフトウェア開発を中心とした開発部門に5年間在籍し、さらにその後の5年間は国内マーケティング業務に従事しました。
そして、海外マーケティング部門へ異動し、約5年間にわたり海外市場でのマーケティング業務を担当しました。
ちょうどMBOの時期には、ローランドブランドの復権を目的とした社内カンパニー「RPGカンパニー」で、マーケティングや製品企画の責任者を務めました。
その後、企画部長やカンパニー社長を歴任し、2022年に取締役に就任したという流れです。
これまで、製造・開発・営業・企画と多岐にわたるキャリアを積んでおり、現在の業務にも大いに役立っています。
ローランドの事業概要と特徴
概要
当社は、幅広い製品・サービスを提供する総合電子楽器メーカーです。
管打楽器、鍵盤楽器、ギター関連機器、クリエーション関連機器、映像音響機器など、多様なカテゴリーで事業を展開しています。

当社の海外売上比率は約90%を占めており、海外での売上が圧倒的に多い状況です。
販売網については、世界各国の楽器店へ製品を卸し、グローバルに展開しています。
また、一部の主要地域では直営店やストアインストアを展開し、ブランド力を活かした販売戦略も推進しています。
さらに、電子楽器の特性を活かし、オンライン購入の環境も整備しています。
事業における優位性
Game Changer製品を生みだせる背景
当社の製品開発においては、「イノベーションドリブン(Innovation-Driven)」という考え方を大切にしています。
特徴的なのは、楽器を実際に演奏する社員やエンジニアが多いことです。
彼らは市場動向を自ら把握し、ミュージシャンと直接対話を重ねながら製品企画を行っています。
このため、エンジニアの視点に加え、ミュージシャンの視点や創造力が反映され、単なる新製品にとどまらず、より付加価値の高い製品が生まれます。
また、当社ではエンジニア自身が自発的に商品企画を起案する文化が根付いており、これがGame Changer製品の創出につながっています。
さらに、数年に一度のペースで楽器専用のカスタムチップを開発し、技術革新を継続的に推進しています。
ハードウェアとソフトウェアの進化だけでなく、ミュージシャンからの感性的なフィードバックを取り入れることで、楽器としての表現力をより高めています。
「表現力」こそが、当社の製品を支える重要な要素であり、これが他社との差別化要因となっています。
さらに、当社の限界利益率が非常に高いことも、イノベーティブな製品開発に挑戦できる要因の一つです。
楽器市場では、発売当初は評価されなくても、数年後に高い評価を受ける製品も少なくありません。
電子楽器は生産量が少なくても利益を確保しやすい特性があるため、市場予測が難しいチャレンジングな製品でも、比較的容易に市場投入を決断できます。
こうした取り組みを通じて、当社にはGame Changer製品を生み出すための強固な土壌が築かれています。

多次元でのアプローチ
ローランドはグローバルで強いブランド力を誇り、主要製品カテゴリーでは高い市場シェアを維持しています。
当社の製品は世界中の音楽ファンを魅了し、高い評価を獲得しています。

また、楽器市場においては、アコースティック楽器と電子楽器の評価基準が異なる点も重要です。
たとえば、バイオリンのように1700年代の楽器に数億円の価格がつき、過去の製品の方が高く評価されるケースもあります。
一方で、電子楽器は電子機器であるため、最新の製品が最も高く評価される傾向があります。
この「進化し続ける楽器」として評価されていることが、当社の大きな強みの一つです。

とはいえ、電子楽器業界におけるIoT化(インターネットへの接続)やクラウド対応は、車や家電業界に比べて遅れており、現在の楽器業界におけるIoT化・クラウド化は黎明期だと認識しています。
そこで、当社がキーワードにしているのは「コネクティビティ」です。

その具体的な取り組みとして、当社のクラウドサービス「Roland Cloud」を通じて電子楽器のクラウド対応を進めています。
楽器演奏の離脱における理由の多くが「練習を継続できないこと」だと、コロナ禍を通じて改めて明らかになりました。
演奏技術の習得を目指し練習を重ねても上達しないため、最初の1〜3ヶ月間で挫折するというケースが非常に多いのです。
この課題に対し、当社では「LTV(Life Time Value:生涯価値)の向上」を目指し、クラウドを活用したサービスを展開しています。
たとえば、クラウドを通じて練習時間や上達の成果を「見える化」することで、演奏のモチベーションを維持するサポートができると考えています。

さらに、クラウドに対応した楽器は従来の楽器とは異なる付加価値を提供できるため、競合との差別化にもつながります。
こうした取り組みを通じて、ユーザーの継続的な利用を促進し、LTVの向上を図っています。
また、クラウドサービスは、従来のハードウェア販売と比べてコスト構造が軽いため、継続的な収益基盤の強化にも寄与するはずです。
これにより、「売り切り型」から「長期的な顧客関係を築くビジネスモデル」への転換が可能だと期待しています。

Roland Platform
当社は「Roland Cloud」を基盤に、「Roland Platform」を構築しています。
現在、Roland Accountの登録者数は300万人を超えていますが、クラウドインフラとしてはまだ発展途上のサービスです。
しかし、すでに全世界の顧客データが統合され、一つのデータベースに集約されています。
一部の製品にはWi-Fiが搭載されており、インターネットに常時接続することで、「いつ」「どこで」「どのような音色で」「どんな演奏が行われているのか」といった情報を収集できるようになっています。(お客様が許諾した場合に限ります。)
将来的には、このようなビッグデータを活用し、「Aさんはこれくらい練習を続けることで、このレベルに到達しました」「Bさんの進捗と比較すると、この演奏スキルが伸びています」といった参考データをユーザーに提供することが可能になると考えています。
こうしたデータの「見える化」により、ユーザーのモチベーションを高め、楽器の継続的な利用を後押しできるかもしれません。
クラウドを活用したサービスの可能性は、今後さらに広がっていくと期待しています。

ローランドの成長戦略
世界楽器市場の現状と可能性
業界誌「ミュージックトレード」の2022年時点のデータによると、世界の楽器市場規模は約180億〜190億ドルと推定されています。

様々な調査によれば、実際に楽器を演奏している人は全体の約10%と言われています。
ただ一方で、「かつて楽器演奏を楽しんでいた方」、例えば学生時代にバンドや吹奏楽をやっていて、今はやっていないという方、また「興味はあるけどまだ実際に楽器演奏にトライしたことのない方」の割合はおよそ7割と言われています
つまり、楽器市場そのものはまだまだ拡大する可能性がありますし、電子技術によってもっとアクティブ層を増やしていくことができると考えています
ただし、楽器は衣食住が満たされた後の「嗜好品」に分類されるため、全世界がターゲットとなるわけではありません。
市場の中心となるのは、衣食住が整った先進国が主体であり、この点を考慮しながら戦略を立てる必要があります。

ブランド力をさらに高めるための販売戦略
今後の販売戦略として、ブランド認知を高めるために、オフラインとオンラインの両方を活用したチャネル戦略を進めています。
その一環として、ロンドンと東京に直営店をオープンしました。

さらに、取引先の楽器店内にローランド専用コーナーとしてストアインストアを設置し、より多くのお客様に直接製品に触れていただく機会を提供しています。
また、楽器への関心は衣食住が整った段階で高まる傾向があるため、新興国市場の成長にも注目しています。
特にインド、インドネシア、メキシコ、ブラジルといった国々は、今後の成長が期待される市場です。
ブランド価値を向上させるためにも、お客様と直接つながることを重視し、より多くの人々にローランド製品の魅力を伝えていきたいと考えています。
効率的な製造体制の実現と革新的な開発
製造体制や開発体制の強化を進める中で、2022年に買収したDW社とのシナジーを高めることで、製造・開発の両面で大きな強化が期待できます。
DW社は、アメリカ市場におけるアコースティックドラムのナンバーワンブランドとして広く知られています。
また、ドラムのハードウェア分野、特にキックペダルやスタンドといった領域において豊富な技術を有しており、当社にはない専門技術を持つ企業です。
当社が2020年に発売した、アコースティックドラムに近い外観を持つ電子ドラムは非常に好評を博し、演奏者のインスピレーションや演奏感を高めることができると評価されてきました。
そこで、DW社との共同開発製品として「DWe」をリリースしました。
DWeは、世界初の「コンバーチブルドラム」です。
基本はアコースティックドラムでありながら、電子ドラム用のセンサーを内蔵し、当社のメッシュ・ヘッドを搭載することで電子ドラムとしても使用できます。
また、通常のドラムヘッドを装着すれば、ステージ上でアコースティックドラムとしても活用できるという特長を持っています。
さらに、この電子ドラムのパッドはすべてワイヤレス対応となっており、パッドから音源に信号を送るケーブルが不要です。
これにより、アコースティックドラムと同じ感覚で電子ドラムを使用できる、新しいコンセプトの革新的な製品となっています。
アコースティックドラムの形状を持つ電子ドラムのニーズは非常に高く、DW社との技術融合により新たなシナジーを生み出せると考えています
当社の電子ドラム分野におけるトップブランドとしての地位と、DW社のアコースティックドラム分野における強みを融合させることで、さらなる成長の可能性を感じています。

楽器の顧客層
楽器の顧客層は製品カテゴリーごとに異なり、シンセサイザーやギター関連製品(BOSSブランド)は年齢層がやや高めの男性が中心となっています。
一方で、ピアノ製品の場合は、親御さんが子供のために購入するケースも多く、実際に使用しているのは若年層が多いと考えられます。
私見も交えますが、楽器市場には二つの購買の波があると考えています。
一つは、小学生から大学生までの成長過程において、学校や部活動などを通じて楽器に触れる機会が増える時期です。
近年では、吹奏楽部よりも軽音楽部が人気を集める高校も増えており、アニメの影響なども相まって軽音楽が非常に盛り上がっています。
この動きは当社にとって大きな追い風となっています。
もう一つは、子育てが終わり、時間的・経済的に余裕が生まれた世代が楽器を始めるタイミングです。
楽器演奏に興味を持ちながらもまだ始められていない方や、過去に楽器を演奏していた方が再び楽器を手に取るという動きが広がっています。
このように、人生のさまざまな段階で楽器に触れる機会が訪れるのが楽器市場の特徴です。
こうした市場の特性を踏まえ、ローランドを通じて、人と人、人と楽器、楽器と楽器を結びつけ、新たなムーブメントを生み出していきたいと考えています。
注目していただきたいポイント
コロナ禍を通じて、楽器市場には多くの潜在顧客が存在することを改めて実感しました。
今後、約70%を占める潜在層に対して、どのようにアプローチしていくかが当社の成長の鍵となります。
世界中に広がる当社のネットワークを活用して、グローバルに更なる成長を実現していきます。

また、当社の電子楽器市場も大きなポテンシャルを秘めています。
アコースティック楽器の演奏は騒音問題につながる可能性があるため、「家庭での練習が難しい」という課題を抱えています。
しかし、電子楽器はヘッドフォンを使用することで静かに演奏できるため、家庭での練習が可能です。
比較的、場所を選ばずに演奏を楽しめるというメリットがあります。
また、当社では、楽器市場における「電子化比率」という指標を用いて市場の成長性を見極めています。
ピアノ市場では、この電子化比率がすでに50%を超えており、市場の半分以上が電子ピアノとなっています。
一方、ドラム市場では、過去10年間で電子化比率が10%から20%超まで成長してきたものの、ピアノと比較するとまだ低い水準にあります。
そのため、アコースティックと電子の両方に対応できるコンバーチブルドラム「DWe」がヒット製品となり、電子ドラムの普及がさらに進むことを期待しています。

楽器市場全体の成長率は年間1〜3%程度ですが、電子楽器市場にフォーカスすると、それを上回る成長が見込まれます。
1980年代に当社が開発した電子楽器(リズムマシンやシンセサイザー)は、テクノ、ハウス、ヒップホップといった新しい音楽ジャンルを生み出すきっかけとなりました。
当時これらの音楽に親しんだ世代は現在50代〜60代となり、その世代の子供たちが親の聴いてきた音楽に共感を抱くケースが増えています。
こうした音楽ジャンルの変遷も、ローランドにとって非常にプラスに働いていると感じています。
電子楽器市場の成長可能性と当社の挑戦に、ぜひご期待ください。

投資家の皆様へメッセージ
ローランドは電子楽器の強みを活かし、今後も「いつでも・どこでも」楽器に親しめる環境づくりを目指し、多様な製品やサービスを提供していきます。
また、投資家の皆様には、2023年原宿にオープンした直営店「Roland Store Tokyo」にぜひお越しいただきたいと考えております。
直営店では、専門スタッフが対応し、当社の製品や理念を直接体験していただける場を提供しています。
当社の魅力を肌で感じていただくとともに、引き続きご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
ローランド株式会社
本社所在地:〒431-3196 静岡県浜松市浜名区細江町中川2036番地1
設立:1972年4月18日
資本金:9,641,000,000円(2025年1月アクセス時点)
上場市場:東証プライム市場(2020年12月16日上場)
証券コード:7944