※本コラムは2025年2月14日に実施したIRインタビューをもとにしております。
神奈川中央交通株式会社は地域に新たな価値を生み出す企業であり続ける「地域価値創造型企業」です。
代表取締役社長の今井 雅之氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
神奈川中央交通株式会社を一言で言うと
「地域価値創造型企業」です。
神奈川中央交通の沿革

創業の経緯
当社は2021年に創立100周年を迎え、現在、創業103年目となります。
その起源は1921年(大正10年)、横浜市大岡町で創業した「相武自動車」にあります。
当時、神奈川県内には多くのバス事業者が乱立していましたが、そうした事業者を徐々に統合しながら発展してきました。
戦時中には国策により、相模地区のバス事業が一本化され、「神奈川中央乗合自動車」として再編されています。
その後、1948年には、小田急電鉄と京王電鉄(当時は京王帝都電鉄)が東急(当時は東京急行電鉄)から分離したことを機に、当社も小田急電鉄の関係会社となりました。
また、戦後の復興とともに路線需要が急速に拡大し、1949年には東京証券取引所に上場し、1951年には現在の「神奈川中央交通」という社名へ改称しました。
事業の多角化
当社はバス事業を中核に成長してきましたが、将来的な成長のためには新たな収益の柱が必要だと考えました。
その一環として1967年に不動産部を新設し、本格的に不動産事業へ進出しています。
もともとバスの営業所や待機場は駅前に設置されていましたが、都市の発展に伴い、これらの拠点を郊外へ移すことで、空いたスペースを有効活用できるようになりました。
そうした土地に賃貸施設を建設したのが、不動産事業の始まりです。
バス事業で培った社会的信用を活かしながら、バス路線沿線の宅地開発を中心に事業を拡大し、現在では賃貸事業を軸に、戸建てやマンションの分譲事業にも取り組むまでに成長しました。
その他にも、自動車販売事業やホテル事業などバス事業に依存しない多角的な事業展開を進めてきました。
不動産事業のさらなる拡大へ
2024年4月に発表した中期経営計画では、不動産関連事業の強化を重点方針の一つに掲げています。
2018年度における不動産関連事業の営業利益構成比率は40%でしたが、2030年までに50%まで引き上げることを目標としています。
日本全体で人口減少が進む中、バス事業の大幅な成長は見込みにくい状況です。
その一方で、不動産事業は今後ますます重要な役割を担うと考えています。
これまで培ってきた信頼と実績を活かしながら、より多様な事業展開を進め、地域とともに発展していきたいと考えています。

神奈川中央交通の事業概要と特徴
概要
当社は、旅客自動車事業、不動産事業、自動車販売事業、さらにはレジャー・スポーツ、流通、広告、資源リサイクルなど、幅広い事業を展開しています。
主力である旅客自動車事業では、神奈川県のほぼ全域と東京都の一部を中心に路線バスを運行しています。
また、タクシーや貸切バスのサービスも提供し、地域の皆様の「足」としての役割を果たしています。
不動産事業では、神奈川県を中心に賃貸、分譲、仲介、買取再販などを手がけており、特にバス営業所の建て替え時には、広い敷地を有効活用する形で賃貸事業の拡大を推進しています。
加えて、マンション事業におけるデベロッパーとの共同開発や、岩手県に所在する社有地で太陽光発電所を運営するなど、事業エリア外にも展開しています。
また、自動車販売事業では、三菱ふそう製のトラックやバスの販売、メルセデス・ベンツの正規ディーラーとして販売・アフターサービスを提供しています。
そのほか、ホテルや飲食、自動車整備、情報サービス、ビル管理、商用車架装など、多岐にわたる事業を展開しています。
こうした幅広い事業展開こそが、当社の特徴の一つです。

事業における優位性
「神奈中」ブランドを支える五つの強み
当社の強みは、大きく五つあります。
一つ目は、魅力的な経営基盤です。
神奈川県は、東には横浜市・川崎市といった人口の多い都市があり、南には海、西には山と自然にも恵まれたエリアにあるため、利用者が多く、ビジネスを展開する上で優れた立地となっています。
二つ目は、地域社会に根付いたブランド力です。
当社は100年以上にわたってバス事業を展開しており、「神奈川中央交通」という正式名称よりも、「神奈中(かなちゅう)」という愛称で親しまれています。
深夜バスやバスカードの導入など、時代に合わせた取り組みを進めてきた結果、地域社会からの信頼を獲得し、国土交通省や他のバス会社からも評価されています。
さらに、歴代の社長が日本バス協会の会長を務めるなど、業界内での影響力も大きいと自負しております。
三つ目は、地元自治体・大学・企業との強固なネットワークです。
バス路線の再編には自治体との連携が欠かせませんが、当社は長年にわたり地域に密着したサービスを提供してきました。
最近では、自動運転バスの実証実験において、慶應義塾大学、ティアフォー株式会社、いすゞ自動車株式会社や平塚市などと連携し、産学官一体となった取り組みも進めています。
四つ目は、長年の事業運営で培ったノウハウです。
100年以上にわたる事業運営の中で培った経験や技術は、現在のバス事業の安定運営に不可欠な要素となっています。
五つ目は、不動産資産の有効活用です。
当社は一定規模の土地を保有しており、それを有効活用することで安定した収益基盤を支えています。
たとえば、バス営業所の再開発や駅周辺の賃貸事業などを通じて、事業の多角化と収益の安定化を図っています。
「神奈中」としてのブランド価値を高めるために
「神奈中」といえば、地域の皆様にとってはまず「バス」のイメージが強いかもしれません。
しかし、当社はバスだけでなく、不動産、自動車販売、さらには地域住民の生活に密着したさまざまな事業を手がけています。
ただ、こうした事業はまだ十分に認知されていないのが現状です。
現在、収益の柱となっているのはバス事業と不動産事業ですが、不動産事業の売上構成比を見ると、分譲事業が約1割に対し、賃貸事業が9割を占めています。
しかし、「神奈中ビル」といった名称を統一して使用していないため、当社の物件だと認識されにくいという課題もあります。
また、自動車販売やホテル、飲食といった事業も、規模は決して大きくはないものの、地域社会への貢献を重視しながら多角的に展開しています。
地元でのブランド認知度は高いものの、「神奈中」の名前をより多くの方に知っていただき、その価値を高めていくことが、今後の大きな課題だと考えています。

神奈川中央交通の成長戦略
長期ビジョン「Vision 2030 NEXT 神奈中」
当社は、新たな中期経営計画を策定する前に、グループ全体の長期ビジョンを発表しました。
これは、「神奈中グループが今後どのような方向性で進んでいくのか」を示したものであり、社内でも「私たちはどのような会社を目指すのか」という議論を重ねた結果、「Vision 2030 NEXT 神奈中」というテーマを掲げるに至りました。
近年、サステナビリティ(持続可能性)への取り組みがますます重要になっています。
当社は創業以来100年以上にわたり、神奈川県を中心に地域とともに成長してきました。これからも地域社会の発展に貢献しながら、持続可能な社会の実現を目指す企業でありたいと考えています。
その思いを込め、「地域価値創造型企業への進化」を副題に掲げ、地域の課題解決に貢献することで、企業価値の向上を図ることを目指しています。
しかし、現実を見渡すと、人口減少や少子高齢化、生活様式の変化、さらには自然災害の激甚化など、社会全体が多くの課題に直面しています。
一方で、コロナ禍をきっかけにデジタル化が進んだことは、新たなサービス創出のチャンスでもあります。
こうした変化に柔軟に対応し、より便利で効率的なサービスを提供していくことが、当社の長期ビジョンの柱です。

中期経営計画(2024年度〜2026年度)
長期ビジョンを実現するための第一歩として、2024年度から2026年度にかけての中期経営計画を策定しました。
この計画では、以下の三つの重点課題を設定しています。
1. 持続可能なモビリティサービスの実現
2. 不動産関連領域の強化
3. 「ゆたかなくらし」への貢献
これらを支える戦略として、「環境戦略」「人財戦略」「デジタル戦略」の三つを掲げ、数値目標を設定しながら取り組みを進めています。
三つの重点課題
持続可能なモビリティサービスの実現
全国的にバス運転士の不足が深刻化し、路線の維持が難しくなっています。
当社にとってもこれは最重要課題です。
その背景には、「大型第二種免許」の保有者が過去20年間で約2割減少したことや、運転士の高齢化があります。
実際、全国の大型第二種免許保有者のうち50代以上が8割を占めており、今後も人口減少と少子高齢化の影響を受けることは避けられません。
こうした状況の中、従来のビジネスモデルを維持するのは難しく、デジタル技術を活用してバス事業の構造そのものを変革し、持続可能な運行を実現する必要があります。
具体的には、各自治体と協議しながら、地域のまちづくり計画に沿って路線の再編を進めています。
路線再編には3年から5年の期間を要しますが、将来的な人口動態や交通需要を見据えた計画を立案しています。
たとえば、利用者の多い幹線路線には大型バスを運行し、利用者が少ない地域ではワゴン車や当社グループのタクシー会社のネットワークを活かして、タクシー車両を活用するなど、多様な輸送手段を組み合わせる方法を検討しています。
さらに、地域の福祉バスやスクールバスとの連携を強化し、交通インフラ全体の最適化を図ります。
また、将来的には自動運転バスの導入を目指しています。
現在、大型自動運転バスの実証実験を進めており、当社の事業エリアには大量輸送のニーズがあるため、この分野の技術開発は必要不可欠です。
さらに、小規模な地域ではワゴン車を活用し、アプリを通じた予約や相乗りサービスを提供することで、効率的な運行を実現していきます。
不動産関連領域の強化
バス事業の収益減少が見込まれる中で、不動産事業をさらに強化し、経営基盤を支える柱として成長させる計画です。
新たな土地の購入ではなく、既に保有している資産をより高度に活用することに重点を置いています。
たとえば、バス営業所の建て替えに伴い生じた余剰スペースに賃貸施設を建設することで、収益性を高めています。
昨今の建築コストの高騰により、新規賃貸施設の建設は厳しい一面もありますが、地域のニーズや、立地に応じた開発を行うなど、積極的に事業展開していきます。
「ゆたかなくらし」への貢献
この重点課題では、当社グループの事業を通じて、地域の皆様が求めるサービスや価値を提供することを目指しています。
交通サービスだけでなく、不動産事業や生活関連サービスを通じて、地域社会の暮らしをより便利で豊かにする取り組みを進めていきます。

三つの重点戦略
まず一つ目は、環境戦略です。
バスは多くの人を輸送できるため、CO₂排出量削減に貢献できる乗り物ですが、さらなる環境負荷低減を目指し、EVバスの導入を検討しております。
現在の計画では2030年度までに200〜300両のEVバスを導入し、政府のカーボンニュートラル目標の達成に貢献していきたいと考えています。
二つ目に掲げているのは、人財戦略です。
運転士不足の深刻化を受け、新人運転士の教育体制を強化するとともに、整備職や事務職の育成にも注力しています。
特に、運転士の高齢化が進む中、健康経営を推進し、社員が長く健康に働ける環境を整えることが重要な課題です。
また、待遇改善や働きやすい職場環境の整備を進め、多様な人材が活躍できる組織づくりにも取り組んでいます。
最後に三つ目は、デジタル戦略です。
業務の効率化を図るため、社内人材のリスキリングを進めながら、デジタル技術の活用を進めています。
特に、グループ内のシステム開発会社と連携し、業務プロセスの最適化を進めることで、より効率的な経営を目指しています。

注目していただきたいポイント
「バス事業は衰退産業ではない」
近年、人口減少や少子高齢化の影響で、公共交通機関の利用者のさらなる減少が懸念されています。
そのため、「バス事業は衰退産業なのではないか」と考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、当社の事業エリアである神奈川県は、交通インフラや都市機能が整った恵まれた環境にあります。
地域の活性化や住みやすい環境の整備に取り組むことで、県外からの移住者を呼び込み、輸送人員の減少を緩やかに抑えることが可能だと考えています。
特に、近年の若年層においては、自動車免許を取得せずに公共交通機関を利用する人が増えています。
また、高齢者の免許返納後の移動手段としてもバスの需要は高まると見込まれます。
長寿化が進む中で、健康で活動的な生活を維持するためには、バスが「生活の足」として欠かせません。
加えて、当社はタクシー事業も展開しており、買い物や通院など日常的な移動ニーズにも対応しています。
収益バランスの最適化と路線再編
当社のバス事業エリアにおいては、東側の横浜市や東京都町田市などの都市部では採算性が高い一方で、県央エリアや県西エリアでは赤字が続いています。
現状では、東側で得た収益を西側の赤字補填に充てることで、全体の利益を維持している状態です。
しかし、今後は路線の再編を進めることで赤字幅を縮小し、一定の利益を確保する計画を立てています。
また、当社は約2,000両のバスを保有し、日本最大級のバス会社の一つとして業界をリードしています。
単なる保有車両の多さだけでなく、運賃多区間路線でのバスカード導入や、環境定期券制度など、バス業界において常に新しい取り組みに挑戦してきた歴史があります。
現在取り組んでいる自動運転バスについても、現在はレベル2の実証実験段階ですが、技術の進化や関連法規の改正が進めば、全国のバス会社で導入が広がり、特に地方の公共交通維持に貢献できると考えています。
このように、当社は業界のリーディングカンパニーとして、今後も先進的な取り組みを続けていきます。
不動産事業のさらなる成長
バス事業と並ぶ重要な収益の柱として、不動産事業の成長にも注力しています。
他の大手企業と比べると現状では規模は小さいものの、バス事業で培った信用・信頼のもと、今後も保有資産を最大限に活用し、事業規模を拡大して経営基盤を強化していきます。
また、当社はスポーツ事業や健康維持、介護予防など、地域住民の生活に密着した事業にも取り組んでいます。
たとえば、プール設備の老朽化により、水泳授業が受けられない小学校向けに当社グループのスイミングスクールを活用していただいたり、体育授業や部活動の指導においても教員の負担が増している現状を受け、当社グループから指導員を派遣したりするなど、学校や地域でのスポーツ指導をサポートする取り組みを進めています。
こうした活動を通じて、より良いまちづくりや住みやすい地域社会の実現に貢献し、神奈中ブランドのさらなる向上を目指しています。
「地域との新たなつながり」を創出するためのデザイン
地域とのつながりを象徴するものとして、バスのデザインにもこだわりを持っています。
2023年度から順次新しいカラーを導入し、今後約2,000両のバスを新車に入れ替える際に、新カラーへと変更していきます。
年間約150両ずつ、10年程度かけて段階的に進める予定です。
バスは単なる交通手段ではなく、地域の景観の一部でもあります。
新しいデザインのバスが街を走ることで、新たな風景を生み出し、地域との一体感を高めていきます。
「人と街をより良く結ぶバス」というテーマのもと、これからも地域社会とのつながりを大切にしていきたいと考えています。

投資家の皆様へメッセージ
神奈川中央交通は、創業から100年以上にわたり、神奈川県および東京都の皆様に支えられながら、バス事業を展開してまいりました。
これまで地域の皆様の生活に密着し、安全・安心な移動サービスを提供することを使命としてきましたが、これからも人口動態の変化や社会環境の変化に柔軟に対応しながら、持続可能なモビリティサービスの提供に尽力するなど、その想いは変わりません。
また、当社にとって従業員はかけがえのない財産です。
お客様により良いサービスを提供するためには、従業員一人ひとりが働きやすい環境を整え、能力を最大限に発揮できる仕組みをつくることが不可欠です。
私たちは、従業員の成長を支えながら、地域の皆様、そして株主・投資家の皆様をはじめとするすべてのステークホルダーの皆様に貢献できる企業であり続けたいと考えています。
今後もバス事業に加え、不動産事業や地域に根差した多様な事業を通じて、地域の発展とともに成長し、企業価値の向上を目指してまいります。
引き続き、投資家の皆様には温かいご支援とご期待を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
神奈川中央交通株式会社
本社所在地:〒254-0811 神奈川県平塚市八重咲町6-18
設立:1921年6月5日
資本金:3,160,000千円(2024年3月末時点)
上場市場:東証プライム市場(1949年5月16日上場)
証券コード:9081