【4549】栄研化学株式会社 事業概要と成長戦略に関するIRインタビュー

※本コラムは2024年12月5日に実施したIRインタビューをもとにしております。

栄研化学株式会社は臨床検査薬のパイオニアとして、さまざまな試薬の開発・製造・販売を手掛けています。

代表執行役社長の納富 継宣氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。

目次

栄研化学株式会社を一言で言うと

臨床検査薬のパイオニアです。 

栄研化学の沿革

栄研化学株式会社代表執行役社長 納富 継宣氏

創業の経緯

当社は1939年(昭和14年)に創業しました。

創業当初は、健康食品や医薬品の原料製造・販売を主な事業としており、特に胃腸薬に使用される胆汁酸などの成分を取り扱っていました。

その後、事業を進める中で検査分野への進出を目指し、「培地」の開発に着手しました。培地とは、寒天に栄養分を加えたもので、病原菌などの培養に使用される材料です。

当社はこれを国産化に着手し、日本の国立感染研の専門家などの協力も得ながら、国内初となる医療用培地の開発に成功し、製造・販売を開始しました。

また、戦中から戦後にかけては感染症の流行が深刻化していたため、検査現場で検査試薬の需要が高まっていきました。

この状況に対応する形で、検査薬の開発を本格化させ、多分野に事業を拡大していきました。

当社の製品開発は、大学や研究機関の専門家と共同で進められることが多く、医療現場の技術指導や実情などを反映しながら行い、現場で役立つ製品の開発・製品化を続けています。

便潜血検査試薬の開発

当社の80年以上にわたる歴史の中で、現在の主力製品である大腸がん検診に使用される便潜血検査試薬の開発は、重要なターニングポイントとなりました。

それ以前は培地事業等を中心に展開していましたが、年々市場規模の縮小が進んでいる分野でもあります。

そうした中、当社は便潜血検査の製品開発に粘り強く取り組み、社員が地道に努力を重ねた結果、画期的な採便容器の開発に成功し、事業が大きく成長していきました。

当時は、便を検体として利用することに対して「汚い」「嫌だ」という抵抗感が強く、なかなか普及は進みませんでした。

その課題を克服するために開発されたのが、採便するための容器です。

この採便容器では、先端が溝状になったスティック型の採便棒を採用し、便を軽く撫でるだけで必要な検査量を採取できる仕組みになっています。

この設計により、採取者は衛生的に使用できるようになりました。

また、検査機関では容器をそのまま機械に装着するだけで自動的に内容物を検査できるため、検査技師も便に触れる必要がなくなりました。

この衛生面と利便性の向上が評価され、自治体の検診に採用される機会が増えました。

さらに、専門医の学会が推奨するガイドラインにも採用されることで普及が加速し、国内市場での大きな成功を収めました。

この成功を基に、当社は海外展開にも注力し、先進国を中心に衛生面と利便性の高さが評価され、多くの国のガイドラインに組み込まれるまでに成長しました。

現在では、当社の製品は世界各国や地域で大腸がん検診に広く使用され、国内シェアの約60%を占めるほどの実績となっています。

感染症分野への拡大

2002年頃に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)への対応は、当社が感染症分野を拡大する大きな契機となりました。

当社では、それに先立ち遺伝子検査法「LAMP法(遺伝子増幅技術)」を1999年に開発しており、私自身もその開発に携わっていました。

この技術は、簡便かつ迅速に遺伝子検査が可能な画期的なもので、現在も多くの分野で広く活用されています。

2003年、中国上海でSARSが流行した際、日本への感染拡大が懸念され、迅速な対応が求められました。

当社はLAMP法を活用し、SARS遺伝子を検出する検査試薬の開発に着手しました。

そして政府からの依頼を受け、通常3年ほどかかる診断薬の開発をわずか半年で完成させるため、全社を挙げて取り組みました。

その結果、2003年末には製品化に成功し、全国の地方衛生研究所に検査機器や試薬を迅速に配備しました。

幸いにもSARSは日本国内で流行せず、試薬が使用される機会はありませんでしたが、この取り組みは新聞で紹介されるなど高く評価されました。

また、この経験は当社の技術基盤をさらに強化するきっかけとなり、LAMP法はその後、結核、マラリア、マイコプラズマなど他の感染症検査試薬の開発に応用されていきました。

振り返ると、SARSへの対応は当社にとって感染症検査技術の進化を促し、さらなる事業展開につながる重要な一歩だったと考えています。

コロナウイルスへの迅速な対応

2020年に新型コロナウイルス(COVID-19)が流行した際、当社は過去の経験を活かして迅速に検査試薬を開発しました。

厚生労働省からの要請を受け、LAMP法を基にした検査試薬をわずか1か月で開発し、さらに2か月後には承認を得ることができました。

このスピードは非常に異例であり、当時の深刻な状況において大きな意義を持っていると考えています。

当時、PCR検査の体制は未整備な状態で、「検査試薬が足りない」「検査技師が不足している」「検査施設が限られている」といった課題が山積みでした。

当社は、早期に試薬を供給可能な数少ない企業の一つとして、短期間で増産体制を構築し、すでに全国に500台以上配備されている検査機器を活用し、スムーズに検査体制を整えることができました。

また、未曾有の状況に対してより強固な体制を整えるべきだという判断の下、追加の機器製造も迅速に行い、最終的には約1,000台の検査機器を全国に配備しました。

この迅速な対応により、特に感染拡大初期の段階で、試薬と機器の供給に大きく貢献できたことは、当社にとって非常に大きな成果でした。

その後、他社も体制を整え市場に参入したため、当社だけが供給を担ったわけではありませんが、初期対応における当社の役割は非常に重要だったと自負しています。

栄研化学の事業概要と特徴

概要

当社が現在展開している事業セグメントは臨床検査事業と食品・環境検査事業の2つです。

栄研化学株式会社 統合報告書 2024 より引用

まず、臨床検査事業では微生物検査用試薬・尿検査用試薬・便潜血検査用試薬・免疫血清検査用試薬・生化学検査用試薬・遺伝子関連製品・医療機器など、幅広い臨床検査製品の研究開発・製造・販売を行っています。

中でも便潜血検査用試薬「OCシリーズ」の国内シェアは6割以上で、グローバルにも当社の技術力の高さから広く採用されています。

そして、先ほどもお話ししたように当社が開発したLAMP法を活用した検査は、結核やマラリア、マイコプラズマ、コロナウイルスなど幅広く対応しています。

また、食品・環境検査事業では食中毒原因微生物の検査や作業環境の汚染実態を把握するための検査用試薬、器具・器材の販売を行っています。

栄研化学株式会社 統合報告書 2024 より引用

事業における優位性

ユーザーに寄り添った製品群と高い技術力

当社の製品開発は、常にユーザーにとって何が最も重要であるかを考えることをベースにしています。

大腸がん検査で使用される採便容器や検査試薬、遺伝子検査薬など、誰もが使いやすい製品を提供することをモットーにしています。

検体に試薬を垂らして簡単に反応させるのが理想ですが、実際の検体にはさまざまな混合物が含まれており、そのままでは正確な結果を得られない場合があります。

この課題を克服するため、当社では検体を前処理する技術にも注力しています。

この技術には、創業以来培ってきたノウハウが活かされています。

こうした試薬の使いやすさや検査の簡便性を追求する姿勢が、当社製品が多くのお客様に選ばれる理由だと考えています。

お客様に寄り添った営業力

当社は訪問営業によるきめ細やかな対応を実現しており、これは他社にはない強みだと自負しています。

たとえば、抗菌薬が特定の菌にどの程度効くかを調べる「感受性試験」用の試薬を、病院やクリニックの要望に応じてオーダーメイドで提供しています。

病院ごとに必要とされる薬が異なる場合も多く、当社はそのような個別の要望にも柔軟に対応しています。

一般的には汎用的な試薬の提供で十分とされることが多い中、当社では病院の要望を真摯に受け止め、ニーズに合った試薬を開発・提供するという姿勢を貫いています。

こうしたきめ細やかな対応力が、多くの医療機関から高い評価を受けている理由の一つです。

現代ではデジタル化の進展に伴い、「訪問営業は本当に必要なのか?」という議論もありますが、当社では訪問営業を今なお重要な役割と考えています。

一般的な薬品と異なり、検査薬には機器や試薬の使い方の指導や、不具合への対応といった技術的なサポートが不可欠です。

たとえば、検査結果に異常が出た場合、その原因が機械の不具合なのか、使い方の誤りなのか、それとも試薬自体の問題なのかを現場で迅速に確認し、対応する必要があります。

薬品の場合、副作用などへの対応が主となりますが、検査薬にはそれ以上に技術的なサポートが求められます。

そのため、実際に現場を訪れて情報交換を行い、問題を解決するという営業体制が非常に重要なのです。

ユーザーとのコミュニケーションを大切にし、迅速かつ柔軟な対応を可能にする営業体制こそが、当社の大きな強みだと考えています。

グローバル展開と高い評価

当社の技術力は世界各国で高く評価されており、グローバル展開を優位に進める基盤となっています。

現在、当社が開発した結核検査薬は主力製品の一つとして成長を遂げており、特に結核が深刻な問題となっているアフリカをはじめとする途上国で広く活用されています。

結核・マラリア・HIVは「世界三大感染症」と呼ばれています。

現在、HIVへの訴求はしていませんが、結核・マラリアに対しては途上国の限られた設備環境でも使用可能な検査薬を、LAMP法を用いて開発しました。

この製品はWHO(世界保健機関)の推奨を取得しており、現在、普及が進んでいます。

このように、当社はグローバルに社会貢献を果たしながら、社会的意義の高い製品を通じて利益を創出しています。

これこそが、当社の重要な使命であり、今後も追求していくべき価値であると考えています。

栄研化学株式会社 統合報告書 2024 より引用

栄研化学の成長戦略

中長期的な成長戦略の概観

当社は2030年を目標に「EIKEN ROAD MAP 2030」を策定し、以下の3つを注力分野として戦略を推進しています。

1.がんの予防・治療への貢献

2.感染症撲滅・感染制御への貢献

3.ヘルスケアに役立つ製品・サービスの提供

これらの分野での取り組みを加速させるため、技術開発と製品の市場投入に注力していますが、検査薬の開発にはどうしても時間がかかるという課題があります。

特に時間を要するのが試薬の安定性試験です。

この試験は、試薬が一定期間使用可能であることを証明するために、リアルタイムでデータを収集・記録する必要があります。

そのため、試験には1年以上かかることが一般的です。

また、日本では加速試験(高温条件下で試薬の安定性を推定する方法)は参考データとしてのみ使用されるため、リアルタイム試験が必須となっています。

さらに、PMDA(医薬品医療機器総合機構)への申請および審査には約1年、保険適用の申請には半年以上かかる場合が多く、トータルで製品化までに3年以上を要することも珍しくありません。

完全な新規製品の開発ではさらに時間がかかることもあります。

こうした背景を踏まえ、当社の成長戦略は中長期的な視点で進めております。

栄研化学株式会社 統合報告書 2024 より引用

がん分野への戦略

当社では、がん分野において主力製品である大腸がんのスクリーニング、すなわち便潜血検査を中心に、さらなる強化を図っています。

この分野では他の検査と組み合わせることで検出率を高め、より精度の高いスクリーニングを実現することを目指しています。

また、スクリーニングにとどまらず、臨床現場で活用されるニーズの高い検査薬の開発にも注力しています。

たとえば、患者個々に適した薬剤や治療法を選択するための「コンパニオン診断薬」の開発です。

この検査薬の開発が成功すれば、がん細胞の遺伝子変異を検出し、それに応じた薬剤を選択することで、初期段階から最適な治療法を提案できるようになります。

特に、肺がんではEGFR遺伝子の変異がよく知られていますが、当社はこの変異を検査する技術の開発を通じて、最適な治療法の選択に貢献したいと考えています。

さらに、免疫チェックポイント阻害剤のようながん免疫治療に関連する検査薬の開発も進めています。

そして、2024年12月からは「MINtSシステム」という新しい検査システムの本格的稼働を始めています。

このシステムは、患者ごとに最適な薬を選択できる新時代の治療を支える技術です。

このようにがん分野の検査薬やその周辺領域における新たなシステムの開発などは、世界的にも非常に大きな市場が存在しています。

当社は、こうしたニーズに応えていくため、積極的に製品開発と市場展開を進めてまいります。

感染症分野への戦略

当社は2024年10月29日、東大発ベンチャーであるナノティス株式会社に対して第三者割当増資を通じて出資を行いました。

ナノティスは「感染症に怯えず暮らせる世界を創る」というミッションのもと、正確・迅速・簡単・安価なデジタル検査機器の研究開発を行う企業です。

同社は非常に革新的な技術を持っていますが、販売戦略や病院での実用化に関するノウハウが不足しているため、当社との協力に至りました。

ナノティスの技術は現在の迅速診断薬が5〜15分を要するところを、わずか1分で結果を出せる可能性を秘めており、感染症検査のさらなる簡便化に貢献できると期待されています。

開発スケジュールについては短期間での実現は困難であり、向こう3年を目安に製品化を目指す方針です。

この取り組みにより、技術の実用化を着実に進めていくことを目指しています。

当社は、感染症分野における革新的な技術を持つ外部パートナーとの協業や、自社での研究開発を通じて、感染症撲滅と感染制御への貢献を果たしていきたいと考えています。

ヘルスケア分野への戦略

ヘルスケア分野は非常に幅広い領域ですが、当社では特にITを活用した取り組みに注力しています。

その一例として考えているのが、患者が日常的に検査を行い、そのデータをスマートフォンやタブレットで管理・共有できる仕組みの構築です。

この仕組みは、Apple Watchのようなウェアラブルデバイスの開発を想定しています。

こうしたデバイスを通じて得られたデータを病院や介護施設とリアルタイムで共有することは、診療や健康管理の効率化につながるはずです。

さらに、個々人が自身の健康状態を簡単に把握できるようになるため、慢性疾患の管理や早期の健康問題の発見など、多くのメリットを提供できると考えています。

今後もヘルスケア分野における製品開発を積極的に進め、新しい価値を創造することで、より多くの人々の健康向上に貢献してまいります。

栄研化学株式会社 統合報告書 2024 より引用

注目していただきたいポイント

最近では官民対話などの場にも参加しておりますが、その中で課題となるのは、公共事業として実施されている検診において、メーカーが自社の製品を直接アピールできない点です。

たとえば、採便容器に企業名や製品名を記載することは薬機法の規制により認められておりません。

そのため、多くの方々が「健康診断の際に緑の袋が届くけれど、どこの製品かわからない」といった状況に置かれています。

しかし、そのような制約がある中でも、当社は多くの病院やクリニックで使用されている製品を開発・製造・販売しています。

私たちは、臨床試薬の総合メーカーとして、病院やクリニックなど医療現場を陰から支える“黒子”として、これからも新たな価値を提供していきたいと考えております。

当社がこのような役割を果たしていることを、ぜひ多くの方々に知っていただければ幸いです。

投資家の皆様へメッセージ

当社では「チームで挑戦する」という姿勢を大切にしています。

先ほども申し上げましたように、目立ったアピールは得意ではありませんが、地道に成長を続けていることが私たちの誇りです。

がんや感染症の分野で新しい技術を用い、医療や治療の現場に変革をもたらすことを目指しています。

これからも投資家の皆様のご期待に応えるべく、地道に、そして挑戦し続けてまいります。

栄研化学株式会社

本社所在地:〒110-8408 東京都台東区台東4-19-9

設立:1939年2月20日

資本金:68億9,773万円(2024年3月末時点)

上場市場:東証プライム市場(1990年1月29日上場)

証券コード:4549

執筆者

2019年に野村證券出身のメンバーで創業。投資家とIFA(資産アドバイザー)とのマッチングサイト「資産運用ナビ」を運営。「投資家が主語となる金融の世界を作る」をビジョンに掲げている。

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