【4886】あすか製薬ホールディングス株式会社 事業概要と成長戦略に関するIRインタビュー

※本コラムは2025年1月28日に実施したIRインタビューをもとにしております。

あすか製薬ホールディングス株式会社は「内科」「産婦人科」「泌尿器科」に特化し、スペシャリティファーマを基盤とするトータルヘルスケアカンパニーを目指しています。

代表取締役 専務取締役の丸尾 篤嗣氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。

目次

あすか製薬ホールディングス株式会社を一言で言うと

ホルモン技術を基盤とするスペシャリティファーマです。 

あすか製薬ホールディングスの沿革

あすか製薬ホールディングス株式会社代表取締役 専務取締役 丸尾 篤嗣氏

創業の経緯

当社の歴史は、1893年に創業者の山口八十八が「山口八十八商店」を開業し、洋酒や食料品の輸入業を開始したことに始まります。

その後、山口は輸入業にとどまらず、食品の国産化が必要であると考え、ハムや缶詰の製造を手がけるようになりました。

そして、食品製造業として事業を拡大する中で、食肉の加工過程において動物の臓器が大量に廃棄されていることに気づいたそうです。

そこで、「これらの臓器から有用な成分を抽出し、医薬品として活用できないか」と考え、1920年に「帝国社臓器薬研究所」を設立し、ホルモンの研究を開始しました。

1921年に国内初となる男性ホルモン製剤、女性ホルモン製剤を発売、その後も甲状腺ホルモン製剤、陣痛促進剤など、継続してホルモン製剤を市場に投入してきました。

これらの事業の発展を経て、1955年には東京証券取引所に株式を上場しました。

事業の多角化

上場後の1955年以降は、医療用医薬品の研究開発・製造だけでなく、ホルモン技術を基盤とした動物用医薬品や検査事業などにも取り組み、事業の多角化を進めていきます。

1980年4月には福島県いわき市にいわき工場を新設し、生産能力を大幅に向上させるとともに、新薬の開発を進め、医療用医薬品事業の基盤を強化しました。

さらに、1997年4月にはドイツ・フランクフルトに国際駐在員事務所を開設し、本格的な海外展開を推進しました。

また、2005年にはグレラン製薬株式会社と合併し、「あすか製薬株式会社」として新たなスタートを切りました。

この時期には、政府の医療費抑制政策によりジェネリック医薬品の使用が促進されていたため、当社もジェネリック医薬品の開発に注力していました。

東日本大震災と重点分野の再確認

2011年3月の東日本大震災では、当社のいわき工場も甚大な被害を受け、一時的に製造が停止する事態となりました。

特に、当社が国内シェアの95%以上を占める甲状腺ホルモン製剤については、安定供給が困難となり、多くの医療機関や患者様に影響を及ぼすことになります。

そのため、工場の早期復旧に向けて社員たちは現地に寝泊まりしながら作業を続け、水の調達が難しい状況下では精製水をタンクに積んで工場まで運ぶなど、あらゆる手段を尽くしたところ、約3ヶ月後には生産ラインを徐々に復旧させることができました。

また、海外から同成分の薬を緊急輸入するなどの対策を講じ、危機を乗り越えることができました。

震災を契機に、当社はジェネリック医薬品中心の事業戦略を見直し、本来強みを持っていた「内科」「産婦人科」「泌尿器科」の領域に経営資源を集中する方針へと転換しました。

ジェネリック医薬品は、薬価が毎年下落することに加え、先発品と比較してライフサイクルが短いため、経営を維持するには継続的に新製品を市場に投入する必要があります。

しかし、ジェネリック医薬品は先発品の特許が切れた後に発売が可能となるため、常に新製品を供給できるわけではありません。

このような課題を踏まえ、当社は自社の強みであるホルモン技術に立ち返り、新薬開発に再び注力することを決意しました。

新薬の開発への注力とホールディングス化

当社には、日本において1999年9月に、国内初となる低用量ピルを発売したという歴史があります。

さらに、2011年5月には緊急避妊剤を発売し、2018年12月には月経困難症治療剤を市場に投入するなど、産婦人科領域における研究開発を積極的に進めてきました。

現在では、この産婦人科領域が当社の業績を牽引する主要な事業の一つとなっています。

また、2020年には啓発活動の一環として「女性のための健康ラボMint⁺」を開設し、現在も女性の健康に関する情報発信を続けています。

さらに、2021年4月には持株会社体制へと移行し、「あすか製薬ホールディングス株式会社」を設立しました。

そして、「スペシャリティファーマを基盤とするトータルヘルスケアカンパニー」として、国内事業の強化と海外展開のさらなる推進を目指しています。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

あすか製薬ホールディングスの事業概要と特徴

概要

当社の事業は、「医療用医薬品事業」「アニマルヘルス事業」「検査事業」の3つの分野を中心に展開しています。

まず、「医療用医薬品事業」(あすか製薬株式会社)では、「内科」「産婦人科」「泌尿器科」の3領域に特化し、ホルモン製剤の研究開発・製造・販売を進めています。

次に、「アニマルヘルス事業」(あすかアニマルヘルス株式会社)では、動物用医薬品事業と動物用飼料添加物事業の2本柱で事業を展開しています。

ペット用の医薬品、畜産・水産用の医薬品や飼料関連製品を獣医療関係者や畜産・水産農家に提供し、研究・開発から製造、輸入、販売までを一貫して手がけています。

また、「検査事業」(株式会社あすか製薬メディカル)では、ステロイドホルモンをはじめとする高生理活性物質の測定を中心にホルモン量測定キットを提供するなど、基礎研究や臨床研究、診断など幅広い分野で事業を展開し、医療の発展に貢献しています。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

事業における優位性

「ホルモン」への高い技術力と製品力

創立以来、当社は「ホルモン」に関する技術を磨き続け、特に産婦人科領域では国内のリーディングカンパニーとしての地位を確立しています。

産婦人科領域の市場規模は医薬品全体の中ではそれほど大きくなく、約1000億円弱とされていますが、その中で圧倒的な存在感を示しています。

また、女性のライフステージに寄り添った製品展開も当社の強みの一つです。

女性は、幼少期から思春期、性成熟期、妊娠・出産、更年期といったライフステージごとにホルモンバランスが大きく変化します。

それぞれの段階において、月経困難症や子宮内膜症の治療、不妊治療、更年期におけるホルモン補充療法など、さまざまな治療法が求められます。

当社の製品ラインナップは、こうした女性のライフステージの変化に対応できるよう、幅広い選択肢を提供しています。

この充実した製品群は、国内の他メーカーと比較しても大きな強みとなっています。

また、100年以上にわたり手がけてきた甲状腺ホルモン製剤は、国内市場で圧倒的なシェアを誇ります。

甲状腺の病気には、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される疾患と、甲状腺ホルモンが不足する疾患の2種類がありますが、どちらの治療薬においても国内市場シェアは9割以上を占めています。

さらに、売上だけでなく疾患啓発活動なども行い、患者さんの多様なニーズに対応できる体制を整えています。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

アニマルヘルスと検査への応用

人用に開発したホルモン製剤を動物用に転用することで、動物用医薬品などの開発を進めています。

特に、畜産ホルモン剤市場では高いシェアを持ち、当社独自の専門技術を活かした製品展開を行っています。

また、検査事業では、ホルモン研究で培ったノウハウを活用し、高精度なホルモン測定技術を提供しています。

特に、極微量のホルモンを正確に測定できる技術を持ち、研究機関や大学、病院などからの受託検査を中心に事業を展開しています。

この技術力が評価され、多くの研究・医療分野で活用されています。

このように、当社のホルモン技術はさまざまな領域に応用できるため、医療用医薬品事業にとどまらず、アニマルヘルス事業や検査事業といった多角的な事業展開を可能にしています。

ホールディングス化による各事業の成長

以前は、あすか製薬が医療用医薬品を中心に事業を展開し、その傘下にアニマルヘルス事業と検査事業を持つ形で運営されていました。

しかし、2021年にホールディングス体制へと移行したことで、アニマルヘルス事業と検査事業が独立した経営戦略を持ち、それぞれの分野での成長を加速できるようになりました。

この組織再編により、各事業が個別の成長戦略を描きながらも、グループ全体として一体感を持って事業を拡大しています。その結果、各事業が市場の変化に柔軟に対応し、より効率的な経営を実現しています。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

あすか製薬ホールディングスの成長戦略

イオンチャネル創薬の実現に向けて

当社は従来の創薬研究体制に加えてイオンチャネル創薬の実現を目指し、創薬研究体制の基盤を強化してきました。2025年1月にはVeneno Technologies(ベネイノテクノロジーズ)株式会社と共同研究契約を締結しました。

イオンチャネルとは、細胞膜に存在し、特定のイオンを選択的に透過させるタンパク質のことで、神経伝達、筋収縮、ホルモン分泌、細胞の増殖・浸潤などの生理現象に深く関与しています。

イオンチャネルの異常はさまざまな疾患の引き金となりますが、イオンチャネルを標的とした創薬はまだ十分に開発が進んでいない領域です。

そのため、この分野で治療薬を開発できれば、医療に大きなインパクトを与えるとともに、幅広い疾患の治療につながる可能性を秘めています。

創薬はゼロから新しい薬を生み出す作業であり、長期間の研究と高度な専門性が求められます。

そのため、優秀な人材の確保が事業成功の鍵を握ります。

新卒採用では大学の修士課程や博士課程を修了した人材を、中途採用では同業他社で創薬に携わった経験のある人材を積極的に採用し、人材の強化を進めています。

また、創薬にはシーズ(種)から上市(商品化)まで10年以上かかることも珍しくなく、長期的な成長を見据えた投資が不可欠です。

当社はこの分野に継続的な投資を行い、将来的な医薬品開発の基盤を確立することを目指しています。

海外展開の強化

現在、当社の売上の大半は国内市場に依存していますが、市場環境は年々厳しくなっています。

国内では薬価が国によって決定され、毎年薬価改定が行われるため、ジェネリック医薬品を中心に薬価が下がり続けています。

一方、新薬に関しても「パテントクリフ(特許の崖)」と呼ばれる問題があり、特許期間が終了するとジェネリック医薬品に置き換わることで収益が大幅に減少するという課題を抱えています。

さらに、少子高齢化の影響も大きく、コロナ禍以降、日本では社会保障費が増加しています。

政府は社会保障費抑制のため、薬剤費抑制などの政策を進めており、国内市場の成長は大きく見込めない状況です。

こうした背景を踏まえ、当社の成長機会は海外市場にあると定め、特に東南アジアに注力しています。

東南アジアでは、現在ジェネリック医薬品が主流ですが、経済発展に伴い、富裕層を中心により品質の高い医薬品の需要が増加しています。

将来的には、当社の産婦人科向け新薬も広く使用されることが期待されるため、東南アジア市場への展開を積極的に進めています。

その具体的な取り組みとして、2021年1月にベトナムの大手製薬会社「Ha Tay Pharmaceutical Joint Stock Company(ハタファー社)」の株式を24.9%取得し、持分法適用会社としました。

さらに、2025年2月には連結子会社化を決定し、ベトナム市場でのプレゼンスを強化しています。

今後は、ハタファー社を拠点にベトナムから東南アジア全体へ展開し、海外市場での売上比率をさらに高めていく方針です。

コンパニオンアニマル向けの展開

アニマルヘルス事業の成長戦略として、コンパニオンアニマル(ペット市場)向け動物用医薬品の開発を進めています。

犬や猫も人間と同様にホルモンバランスが乱れることがあり、人用に開発された薬を動物用に転用できるケースがあります。

そのため、当社はホルモン製剤の研究開発で培った技術を応用し、動物用医薬品の開発を進めています。

また、コロナ禍において「巣ごもり需要」の増加により、ペット市場は急速に拡大しました。

ペットを飼う人々の多くは、「健康を維持できるのであれば」と治療に積極的です。

そのため、今後も市場規模の拡大が期待される分野であり、当社としてもこの成長に注目しています。

新たな検査手法の確立

当社は、ホルモン測定用の検査キットを開発・販売し、非侵襲的な検査手法を確立しました。

従来のホルモン測定では血液採取が必要でしたが、当社の検査キットは髪の毛や爪を切って送るだけでホルモンの測定が可能です。

たとえば、「AGA(男性型脱毛症)のリスク判定」「ストレスレベルの測定」「男性ホルモンの不足状況の確認」といった情報を得ることができます。

また、血液を採取する必要がないため、医療機関側の負担を軽減できるとともに、患者さんにとっても痛みがなく、簡便に検査を受けられるということが利点です。

この手法は、より多くの人々に受け入れられると考えています。

さらに、当社はホルモン測定技術を活用したBtoC向けの販売にも注力しており、今後さらにこの分野を拡大していく方針です。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

注目していただきたいポイント

現在進行中の中期経営計画(中計)にぜひご注目ください。

この計画は2025年度末を最終年度とする5年間の計画であり、当社は「スペシャリティファーマを基盤とするトータルヘルスケアカンパニー」を目指しています。

当社の事業は現在、「薬を用いた治療」が中心ですが、今後は「予防」「検査」「診断」「予後」など、幅広い分野に対応できる体制へと拡大していくことを計画しています。

これまでの100年以上の歴史の中で培ってきた強みを、川上(研究・開発)から川下(診断・治療)までさまざまな領域で活かせるよう取り組んでいます。

この取り組みの一環として、事業面では医療用医薬品に加えて検査など周辺領域の強化を進め、地域面では国内で築いた医療基盤やノウハウを海外市場へ展開する戦略を推進しています。

加えて、共同開発や創薬にも積極的に取り組んでおり、大学やアカデミアと連携しながら、多くのプロジェクトを進めています。

また、投資家の皆様に改めて注目していただきたいのは、当社が産婦人科領域においてリーディングカンパニーとして活動している点です。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

2020年に創立100周年を迎えた際には、医師の監修のもとで女性の健康に特化した情報サイト「女性のための健康ラボMint⁺」を立ち上げました。

正確な情報を提供することで、女性が自分の健康について正しく知る機会を増やし、それが結果的に社会全体の幸福につながると考えています。

この活動の一環として、全国の高校へ保健体育の副教材を配布する取り組みを行っています。

多くの高校から教材提供に関する問い合わせが寄せられており、日本では依然として性教育に消極的な傾向がある中、若い世代が正しい知識を得て適切な治療を受けられる環境を整備することの重要性を強く認識しています。

たとえば、女性用のピルの普及率を見ても、欧米では成人女性の約30%が使用しているのに対し、日本では服用経験のある人が1桁台前半にとどまっています。

ホルモン剤を服用するなど、適切な治療をすることで生理痛の軽減といった効果が期待できるにもかかわらず、日本では「痛みは我慢するもの」「市販の痛み止めで対応する」といった考え方が根強く残っています。

また、「ホルモン剤を飲むと将来子どもを産めなくなる」といった誤解もあり、長年にわたって使用が推奨されることが少なかったという背景もあります。

近年、政府も「女性の活躍推進」や「女性の健康課題の解決」を大きなテーマとして掲げており、女性のヘルスリテラシー向上に向けた取り組みが活発になっています。

当社としても、リアルな場だけでなく、メディアやSNSを通じた正しい情報の発信を強化し、今後も継続的に活動を進めていきたいと考えています。

ASKA HD REPORT 2024 より引用

投資家の皆様へメッセージ

当社は創立から100年以上の歴史を持つ企業ですが、これまで培ってきたホルモン技術を基盤に、引き続き健康課題の解決に貢献していくことを目指しています。

特に、創薬については継続的に注力し、時代のニーズに応えながら、新たな医薬品の開発に取り組んでいく方針です。

近年、女性の社会進出が加速する中で、当社が重点領域としている「産婦人科」の重要性はますます高まっています。

今後も、女性を中心とした健康課題に対して、トータルヘルスケアの視点からアプローチし、先進的な医薬品や治療法の開発を推進していきます。

また、当社のIR活動の取り組みが評価され、IR協議会からIR優良企業賞2024“IR優良企業奨励賞”を受賞しました。

さらに、東京証券取引所が株価や資本コストを意識した経営を求める発表を行った際には、当社はスピード感を持って成長投資やキャッシュアロケーションの開示、株主還元の方向性を示したことで、好事例として取り上げられました。

当社の事業は、一般消費者向けの広報活動に製品を使用することが規制されているため、なかなか広く認知される機会が少ないかもしれません。

しかし、産婦人科領域においては確固たるプレゼンスを持っています。

今後も多くの投資家の皆様に当社の事業内容や強みをご理解いただけるよう、さまざまな情報発信を続け、企業としての存在意義を広く伝えていく努力をしてまいります。

引き続き、当社へのご支援とご期待を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

あすか製薬ホールディングス株式会社

本社所在地:〒108-8532 東京都港区芝浦二丁目5番1号

設立:2021年4月1日(創立:1920年6月16日)

資本金:11億9,790万円(2025年1月アクセス時点)

上場市場:東証プライム市場(2021年4月1日上場)

証券コード:4886

執筆者

2019年に野村證券出身のメンバーで創業。投資家とIFA(資産アドバイザー)とのマッチングサイト「資産運用ナビ」を運営。「投資家が主語となる金融の世界を作る」をビジョンに掲げている。

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