※本コラムは2025年1月30日に実施したIRインタビューをもとにしております。
天龍製鋸株式会社は日本で初めて国産丸鋸を製造した日本の機械鋸産業界のパイオニアとして、挑戦を続けています。
代表取締役社長の大石 高彰氏に事業戦略の変遷や今後の成長方針を伺いました。
天龍製鋸株式会社を一言で言うと
「日本の機械鋸産業界のパイオニア」です。
天龍製鋸の沿革

創業の経緯
2024年10月に設立111年を迎えた天龍製鋸は、長い歴史の中で進化を続けてきました。
前身となる「天龍鉄工合資会社」は、1909年に静岡県西部に位置する濱名郡中ノ町村(現在の静岡県浜松市中央区中野町)で創業しました。
当時の日本では、伐採した木をいかだに組んで河口へ運び、製材所で板材に加工する産業が盛んでした。
天龍鉄工合資会社では、そうした製材所で使われていた外国製の丸鋸の修理、いわゆる「目立て(刃を研ぎ直す作業)」を行っていました。
1914年に第一次世界大戦が勃発し、鉄製品の輸入が難しくなると、イギリスから輸入していた丸鋸の供給が滞るようになります。
そのような状況の中で、製材業界から「国産の丸鋸を作ってほしい」という要望が多く寄せられるようになりました。
そうした要望に応えるため、当時の経営陣は社員2名をイギリスに派遣し、現地で木工用丸鋸の製造技術を学ばせるという決断をしました。
社員たちは2カ月の船旅を経てイギリスに到着し、熱処理をはじめ様々な製造設備を見学し、すべて手書きのスケッチで製造工程を記録しながら持ち帰ってきたそうです。
そして、国産第一号として生産した丸鋸は1922年「スター印」の商標で世に出ることになりました。
これは、日本の機械鋸産業界にとって大きな技術的飛躍となり、その後の発展の礎となっています。
丸鋸の用途拡大とグローバル展開
技術革新を続けながら、1960年には電動工具用丸鋸の生産を開始し、1962年には刃先に超硬チップをロー付けしたチップソーの量産にも取り組みました。
木材の加工だけでなく、鉄やアルミ、住宅鋼板、外壁材などの切断にも対応する製品へ展開し、1965年にはダイヤモンドソー、1984年にはメタルチップソーの生産も始めています。
国内での事業拡大とともに、生産能力の向上と効率化を目的に、1984年には本社および工場を現在の静岡県袋井市へ移転しました。
その後は海外市場にも積極的に進出し、1994年には中国河北省廊坊市に天龍製鋸(中国)有限公司を設立しました。
当時の中国は現在とは異なり、水道すら整備されていない地域も多く、工場の立ち上げには大きな苦労があったと聞いています。
しかし、早い段階で中国市場へ進出したことで、現在もDIY向けの電動工具用において優位性を確立できています。
その後、「チャイナリスク」という概念が注目されるようになり、中国だけに生産を依存することのリスクを見据え、2004年にはタイにTENRYU SAW (THAILAND) CO., LTD.を設立しました。
さらに、2009年にはドイツにTENRYU EUROPE GMBHを設立し、グローバルな供給体制を強化してきました。
現在は、新素材や高度な切削条件に対応した製品の開発に力を入れ、省資源・省力化につながる鋸刃設計や、最新のコーティング技術を駆使した高精度・高効率・耐久性に優れた製品の開発を進めています。

天龍製鋸の事業概要と特徴
概要
当社は鋸や刃物類の製造・加工・販売を行い、さまざまな産業の発展に貢献してきました。
取引先ごとに供給する製品は異なり、現在は主にDIY向けの電動工具用、金属用、製材・木工用の三つの分野にわたり、事業を展開しています。
製品ラインナップも豊富で、チップソー、ダイヤモンドソー、メタルソー、電動工具用丸鋸など、多岐にわたる鋸や刃物類を取り扱っています。
また、原材料の加工から製品の完成までを一貫して行う生産体制を確立しており、高品質な製品を安定して供給できることが大きな強みです。

事業における優位性
長年積み上げてきた高度な技術力
設立当初は、丸鋸の製造工程の多くを職人の技術に頼っていました。
しかし、100年以上の歴史の中で技術の蓄積が進み、品質管理の数値化や機械化が進んだことで、より安定した品質の製品を提供できるようになっています。
かつては、職人ごとの技術差によって製品の仕上がりにばらつきが出ることもありましたが、現在ではデータを基に精密な品質管理が可能です。
ただし、丸鋸の製造においては、単なる機械化だけでなく、開発技術の向上も欠かせません。
そのため、職人の技能を完全になくすのではなく、機械化と技術開発を両立させながら品質向上を目指しています。
また、丸鋸は切断機がなければその機能を果たせません。
当社の技術は切断機の進化とともに進化し、それに合わせた丸鋸の開発を進めてきました。
切断機メーカーからは「この機械に最適な丸鋸を作ってほしい」というご要望に応じて、最適な製品を選定し、テストを重ねたうえで開発してきました。
また、「新しい材料を切断できる丸鋸を開発してほしい」という素材メーカーからの依頼にも対応しながら、新製品の開発を進めています。
当社は原材料の加工から製品の完成まで一貫して製造できる数少ない鋸の専門メーカーです。
この強みを生かし、お客様のニーズに応じた最適な丸鋸を提供する体制を整えています。
一貫した生産体制による安定供給力
ものづくりの現場において、切断作業は不可欠な工程です。
極端な話、当社の丸鋸がなければ、多くの産業がストップすることになります。
それほどまでに「切る」という工程は、製造業において重要な役割を果たしています。
丸鋸の耐用年数は、切断する素材によって大きく異なります。
たとえば、アルミなどの非鉄金属であれば、1週間使用しても問題なく切断できる場合があります。
しかし、ステンレスのように切断が難しい素材では、半日程度しかもたず、その都度丸鋸を交換する必要があることも珍しくありません。
丸鋸は消耗品であるため、長期間にわたって使用するものではなく、安定供給が不可欠です。
そのため、当社では原材料の加工から製品の完成まで一貫した生産体制を確立し、国内外に生産拠点を設けています。
国内は本社工場と大牟田工場、海外は中国2か所とタイで行い、世界中のニーズに対応できるよう供給体制を整えています。

多様な業界に対応できる製品群
当社の強みは、丸鋸の製造において幅広い市場を持っていることです。
同業他社の中には、鉄を切ることに特化した鋸メーカーもありますが、当社は主に「DIY向け電動工具用」「金属用」「製材・木工用」の三つの分野をカバーしています。
すべての分野が同時に大きく低迷することは少なく、ある分野が落ち込んだ場合でも、別の分野で補うことが可能です。
このバランスの良さが、当社の事業の安定性を支えています。
たとえば、コロナ禍では自動車メーカーが一斉に生産を停止し、日本国内の製造業にも大きな影響を与えました。
金属用や製材・木工用の売上が大きく落ち込みましたが、一方で「巣ごもり需要」の増加により、DIY向け電動工具用は大きく成長しました。
結果的に、当社の売上は過去最高を記録することとなりました。
しかし、国内の工場では生産調整が必要となったため、日本の従業員にはこの成長を実感しにくかったかもしれません。
一方、海外工場ではDIY向け電動工具用製品の需要が急増し、フル稼働となるほどの状況でした。
現地の従業員は、生産量の増加を肌で感じることができました。
このように、複数の分野を持つことで、さまざまな状況に柔軟に対応できる強みを発揮しています。
当社では、長年の経験と技術力を活かし、今後も市場の変化に適応しながら、高品質な丸鋸を提供し続けていきます。

天龍製鋸の成長戦略
業界の現状とポジショニング
機械鋸産業界は市場規模が限られており、新規参入のハードルが高い分野です。
仮に大手企業が新たにこの市場へ参入しようとしても、十分な収益を確保できるかが課題となります。
実際、日本国内における機械鋸産業界全体の市場規模は、業界最大手でも年間売上200億円前後、業界全体を合計しても1,000億円に満たない水準です。
大手企業が多額の投資を行い、機械鋸産業界へ新規参入するのは費用対効果を考慮した場合、非常にリスクが大きいと思われます。こうした背景から、我々の業界は比較的ニッチな産業であるといえます。
環境負荷低減製品の開発と既存技術の向上
丸鋸の刃をより薄くすることで、切断時の省電力化を実現しています。
実際にデータを取ると、刃の厚さを0.1mm薄くするだけでも消費電力に大きな差が出ることが分かっています。
しかし、丸鋸の刃を薄くするには高度な技術が求められます。
また、業界における価格競争が激しいため、単純に価格を4割・5割と引き上げることはできません。
そのため、付加価値を高めながら、いかに製造コストを抑えるかが重要な課題となっています。
当社では、製造工程の効率化を進めることで、高品質な製品を適正な価格で提供できる体制を整えています。

また、環境への配慮という視点からも、持続可能なものづくりを進めています。
本社工場の屋根上に太陽光パネルを設置し、再生可能エネルギーを活用してCO₂排出量の削減に取り組んでいます。
ただし、工場全体の電力をすべてまかなうことは難しく、あくまで一部を補う形となっています。

さらに、丸鋸製造において最もCO₂を排出するのは「熱処理工程」です。
鋼材を熱処理する工程では、従来ガスを使用して熱処理を行っていましたが、新しい技術の導入により、環境負荷の少ない方法へと移行を進めています。
技術的な課題も多いものの、研究を重ねながら、できるだけ早い段階で環境対応型の熱処理技術を確立することを目指しています。
加えて、生産体制の効率化も進めており、本社工場では100名を下回る規模にまで人員を削減しました。
もちろん、人手が完全になくなるわけではありませんが、工場の生産性を向上させるための自動化を推進し、より少ない人員で安定した生産を実現できる体制を整えています。
グローバル戦略
海外市場の開拓においては、日系企業の進出地域に注目しながら展開しています。
特に自動車メーカーが進出する地域では、必ず切断工具の需要が発生するため、当社にとっても重要な市場となっています。
たとえば、自動車メーカーが新たに工場を建設する際には、同じ地域に鋼管メーカーも進出するケースが多くなります。
そうした地域では、必然的に鋸や切断工具のニーズが高まり、安定した市場が形成されるため、当社も積極的に進出し、現地での修理対応を含めたサポート体制を整えています。
これまでに中国、アメリカ、タイ、ドイツ、インド、メキシコなどに進出しており、早期の黒字化を目指して、積極的に営業活動を行ってきました。
まずは主要顧客から安定した受注を確保し、それを基盤に横展開して市場を拡大するという戦略をとっています。
海外拠点における営業活動については、派遣人数こそ多くないものの、必ず日本人スタッフを現地に常駐させています。
さらに、現地の代理店と連携しながら、市場開拓を進めています。
また、進出先には日系企業が多く集まる地域も多く、取引先にも日本人がいることがほとんどです。
対応スタッフに日本人を配置することで、取引先との円滑なコミュニケーションが可能となり、競争力を高める要素にもなっています。

注目していただきたいポイント
近年、IR活動を本格的に進めています。
東証からの要請を受け、さまざまな取り組みを開始しましたが、まだ十分なPRができているとは感じていません。
今後、より積極的に情報発信を行い、当社の魅力を伝えていきたいと考えています。
現在のビジネス環境では、企業が対応すべき課題が数多くあります。
その中でも、中期経営計画の重点項目の一つでもある「人的資本経営」と「ウェルビーイング経営」の実現に力を入れています。
AIの進化やDXの推進が加速する中ではありますが、システムの導入だけではなく、従業員一人ひとりの意識を高めることが不可欠だと考えています。
そのため、国内外のグループ企業や海外工場も含め、積極的な人的投資を進めていく予定です。
また、経営に影響を与える要素として、アメリカの政策動向も重要視しています。
今後、トランプ大統領の政策が再び大きな影響を及ぼす可能性があり、貿易や経済の変動に備えた柔軟な対応が求められる局面を迎えています。
今後半年から1年の間は、市場環境の変化を注視しながら、迅速かつ柔軟な経営判断を行っていく考えです。
投資家の皆様へメッセージ
当社は、設立から100年以上の歴史を持つ企業です。
これまで事業を継続できたのは、ひとえにお客様、取引先、従業員、株主の皆様をはじめとするすべてのステークホルダーのおかげであり、心より感謝しています。
しかし、時代の変化とともに、企業としての進化が求められる場面が増えています。
これらに臨機応変に対応していくためにもまずは本業でしっかり利益を生み出すことが重要であると考えており、メーカーとして、これからも製品開発に力を注ぎ、より優れた丸鋸を市場に提供していきます。
また、当社だけでなく、すべてのステークホルダーの皆様とともに確実に成長できる企業でありたいと考えています。
まだ発展途上の部分も多くありますが、地方に拠点を置く企業として、実直に、着実に事業を成長させる姿勢を大切にしてきました。
これは、設立から代々受け継がれてきた当社の企業文化でもあります。
派手なことはできませんが、やるべきことを確実に実行し、着実に前進していくことが当社の更なる成長につながると考えております。
今後ともご指導、ご支援を賜わりますようお願い申し上げます。
天龍製鋸株式会社
本社所在地:〒437-1195 静岡県袋井市浅羽3711番地
設立:1913年10月10日
資本金:581,335,000円(2024年3月末時点)
上場市場:東証スタンダード市場(1988年11月10日上場)
証券コード:5945